デシャンボー、全米OP圧勝劇を考える。パワーだけでない、出射角の特異さ【記者の目】
デシャンボー、全米OP圧勝劇を考える。パワーだけでない、出射角の特異さ【記者の目】
配信日時:2020年9月21日 09時59分
超難関のウイングドフットGCで行われた第120回「全米オープン」で、ブライソン・デシャンボーが、ただ一人のアンダーパーをマーク。2位に6打差をつける“圧勝”での初のメジャー制覇をあなたはどう観ただろうか。USGAの威信をかけたサディスティックなコースセッティングが、パワーを増した【デシャンボーただ一人に通用しなかった】印象を持っても無理はない。つまり、パワーゴルフが、これまでの常識を破壊したと。
■パワーにいまさら驚きはない。違いはラフからのショット
それは一つの側面ではあるが、単にティショットが飛べば、勝てるわけではなかった。最終組の“変則スイング”のバケモノ2人は、たしかにドライバーが飛ぶ。マシュー・ウルフがデシャンボーをアウトドライブするシーンも一度や二度ではなかった。総距離では、ランが出る状況では単純に飛距離を語れない。観るべきは、弾道の“中身”ではないか。
そして、デシャンボーが飛ばすことに、いまさら驚きも何もない。フラットな状況で330ヤード近くキャリーすれば、時には硬い地面で転がれば360ヤードオーバーするのも普通のこと。PGAツアーでデシャンボーただ一人のケースではなく、「よくあること」に過ぎない。彼の何が特異か?と考えると、やはりワンレングスアイアンではないだろうか。
デシャンボーが37.5インチに統一したコブラ『キング フォージド ツアー ワンレングス』を使用することはあまりにも有名。そして、ワンレングスアイアンを打ったことのある人なら、PWや9、8Iといった【通常よりも長くなる下の番手は打ち出しも最高到達点も高くなる】ことにお気づきだろう。
通常の長さのアイアンと最も違和感を感じるのもこの部分だが、このワンレングスを使い慣れて距離を合わせることに長けたデシャンボーにとって、【ラフからの出射を容易にする】意味で、他の選手との決定的な差が生まれたと考える。事実、デシャンボーは「ラフからスピンがかけられた」と話している。
■猛ラフは、デシャンボーには通用しない!?
過去の全米オープン勝者の中でも、最もFWキープ率が低かったそうで、その数字は56ホール中、23ホールの「41.07%」。誰もが避けたい猛ラフをまったく苦にしなかったからこそドライバーを握れたし、飛ばせば飛ばすほど、ワンレングスの下の番手を握れることになり、その猛ラフは無効化されていく。デシャンボーだけが採用できる、実に合理的なコース戦略だ。
デシャンボーと同スペックアイアンを製作・検証した経験を持つ筒康博もこう言う。
「デシャンボー選手には、長さが短くなるショートアイアンが存在せず、37.5インチのロフトが寝たアイアンは打ち出し角も最高到達点も初速も高くなるメリットがあります。例えば、通常の9Iより長くワンレングスなら打ち出し角で2〜5°は人工マットでも打ち出し角が高くなるので、地面と空間のあるラフならそれ以上に高い打ち出し角を作り、くるぶし程度の長さのラフなら出射の高さで影響は少ないはず。
出射だけでなく、入射にも彼のアイアンは影響大です。とにかく、芝の抵抗を受けづらい。彼は左腕とクラブが一直線になる超ハンドアップで構えるため、アイアンのライ角も73°と超アップライト。これをほぼクラブ軌道がゼロに近い【ゼロパス】に近い状態で入れてきます。通常の構えでインサイドからダウンブローで入射を迎える選手とは比べ物にならないラフの抵抗の少なさだと言えます」(筒)
■高く出射できるメリットとプレースタイル
このように、打ち方とギアが密接に絡み、ラフからのショットを苦としないデシャンボー。筒はさらに続ける。
「500ヤード近いミドルホールが多数ある。そして、猛ラフだと通常の選手は苦しみますが、ごく一部の飛ばし屋はデシャンボー選手のように短い番手で打てるため、ラフを苦としないケースもあります。ただ、マシュー・ウルフ選手も、デシャンボー選手も、芝を飛ばす量も少なく見え、ほとんどラフからグリーン奥に出てしまう飛び過ぎのミスを見せませんでした。これは出射角を高くできるからでしょうね。
高打ち出し・高初速で上に上に飛ばしてしまえば球を高くできるため、勢いを失った球は飛び過ぎのミスを防ぎやすくなります。グリーンへのランディング角を大きくできるため、硬いグリーンでもグリーンを飛び出すほどのミスが少なくなる。そして、デシャンボー選手は他の選手より芝の抵抗を避けられるため、その出射のコントロールもやりやすいはずです。
鍛えて丸太のようになった左腕を力ませて、シャフトと一体化させた上で、左ヒジも外側に向けて構えますよね。手首のタテの可動域もヒジのヨコの回旋も減らしていますから、通常のクラブで通常の打ち方の選手よりも元々芝から受ける抵抗自体にも強い。だから猛ラフでもフェース向きが変わりづらいと言えます。フェースの向きが変わりづらいなら、距離感だけに集中でき、やることがシンプルですよね」(筒)
これまでの常識とは異なるため、人はデシャンボーを“マッドサイエンティスト(狂った科学者)”などと揶揄してきた。ただ、本人はあくまでも物理的・合理的に正しいと思う仮説を立て、自身を通して検証し続けて来ただけ。あまりにも他の人と異なるために誤解されがちだが、デシャンボーの優勝後のインタビューにその本質が現れている。
「ゴルフをし、このゲームをプレーする私の目標は、それを試してみて理解することです。私は、この非常に複雑な多変数ゲームと多次元ゲームについて理解しようとしています。とても、とても難しいです。それは私にとって楽しい旅です。私は人々が、【それを行う別の方法がある】と刺激することを願っています。誰もが私のやり方でそれをしなければならないわけではありません。それは言っていません。一般的に言っているのは、【物事を行うにはさまざまな方法がある】ということです」(ブライソン・デシャンボー)
次の試合では「48インチのドライバーに着手する」と話すデシャンボー。その仮説・検証の旅に終わりはない。
Text/Mikiro Nagaoka
■パワーにいまさら驚きはない。違いはラフからのショット
それは一つの側面ではあるが、単にティショットが飛べば、勝てるわけではなかった。最終組の“変則スイング”のバケモノ2人は、たしかにドライバーが飛ぶ。マシュー・ウルフがデシャンボーをアウトドライブするシーンも一度や二度ではなかった。総距離では、ランが出る状況では単純に飛距離を語れない。観るべきは、弾道の“中身”ではないか。
そして、デシャンボーが飛ばすことに、いまさら驚きも何もない。フラットな状況で330ヤード近くキャリーすれば、時には硬い地面で転がれば360ヤードオーバーするのも普通のこと。PGAツアーでデシャンボーただ一人のケースではなく、「よくあること」に過ぎない。彼の何が特異か?と考えると、やはりワンレングスアイアンではないだろうか。
デシャンボーが37.5インチに統一したコブラ『キング フォージド ツアー ワンレングス』を使用することはあまりにも有名。そして、ワンレングスアイアンを打ったことのある人なら、PWや9、8Iといった【通常よりも長くなる下の番手は打ち出しも最高到達点も高くなる】ことにお気づきだろう。
通常の長さのアイアンと最も違和感を感じるのもこの部分だが、このワンレングスを使い慣れて距離を合わせることに長けたデシャンボーにとって、【ラフからの出射を容易にする】意味で、他の選手との決定的な差が生まれたと考える。事実、デシャンボーは「ラフからスピンがかけられた」と話している。
■猛ラフは、デシャンボーには通用しない!?
過去の全米オープン勝者の中でも、最もFWキープ率が低かったそうで、その数字は56ホール中、23ホールの「41.07%」。誰もが避けたい猛ラフをまったく苦にしなかったからこそドライバーを握れたし、飛ばせば飛ばすほど、ワンレングスの下の番手を握れることになり、その猛ラフは無効化されていく。デシャンボーだけが採用できる、実に合理的なコース戦略だ。
デシャンボーと同スペックアイアンを製作・検証した経験を持つ筒康博もこう言う。
「デシャンボー選手には、長さが短くなるショートアイアンが存在せず、37.5インチのロフトが寝たアイアンは打ち出し角も最高到達点も初速も高くなるメリットがあります。例えば、通常の9Iより長くワンレングスなら打ち出し角で2〜5°は人工マットでも打ち出し角が高くなるので、地面と空間のあるラフならそれ以上に高い打ち出し角を作り、くるぶし程度の長さのラフなら出射の高さで影響は少ないはず。
出射だけでなく、入射にも彼のアイアンは影響大です。とにかく、芝の抵抗を受けづらい。彼は左腕とクラブが一直線になる超ハンドアップで構えるため、アイアンのライ角も73°と超アップライト。これをほぼクラブ軌道がゼロに近い【ゼロパス】に近い状態で入れてきます。通常の構えでインサイドからダウンブローで入射を迎える選手とは比べ物にならないラフの抵抗の少なさだと言えます」(筒)
■高く出射できるメリットとプレースタイル
このように、打ち方とギアが密接に絡み、ラフからのショットを苦としないデシャンボー。筒はさらに続ける。
「500ヤード近いミドルホールが多数ある。そして、猛ラフだと通常の選手は苦しみますが、ごく一部の飛ばし屋はデシャンボー選手のように短い番手で打てるため、ラフを苦としないケースもあります。ただ、マシュー・ウルフ選手も、デシャンボー選手も、芝を飛ばす量も少なく見え、ほとんどラフからグリーン奥に出てしまう飛び過ぎのミスを見せませんでした。これは出射角を高くできるからでしょうね。
高打ち出し・高初速で上に上に飛ばしてしまえば球を高くできるため、勢いを失った球は飛び過ぎのミスを防ぎやすくなります。グリーンへのランディング角を大きくできるため、硬いグリーンでもグリーンを飛び出すほどのミスが少なくなる。そして、デシャンボー選手は他の選手より芝の抵抗を避けられるため、その出射のコントロールもやりやすいはずです。
鍛えて丸太のようになった左腕を力ませて、シャフトと一体化させた上で、左ヒジも外側に向けて構えますよね。手首のタテの可動域もヒジのヨコの回旋も減らしていますから、通常のクラブで通常の打ち方の選手よりも元々芝から受ける抵抗自体にも強い。だから猛ラフでもフェース向きが変わりづらいと言えます。フェースの向きが変わりづらいなら、距離感だけに集中でき、やることがシンプルですよね」(筒)
これまでの常識とは異なるため、人はデシャンボーを“マッドサイエンティスト(狂った科学者)”などと揶揄してきた。ただ、本人はあくまでも物理的・合理的に正しいと思う仮説を立て、自身を通して検証し続けて来ただけ。あまりにも他の人と異なるために誤解されがちだが、デシャンボーの優勝後のインタビューにその本質が現れている。
「ゴルフをし、このゲームをプレーする私の目標は、それを試してみて理解することです。私は、この非常に複雑な多変数ゲームと多次元ゲームについて理解しようとしています。とても、とても難しいです。それは私にとって楽しい旅です。私は人々が、【それを行う別の方法がある】と刺激することを願っています。誰もが私のやり方でそれをしなければならないわけではありません。それは言っていません。一般的に言っているのは、【物事を行うにはさまざまな方法がある】ということです」(ブライソン・デシャンボー)
次の試合では「48インチのドライバーに着手する」と話すデシャンボー。その仮説・検証の旅に終わりはない。
Text/Mikiro Nagaoka