平田憲聖が『ミズノプロ S-3(以下S-3)』アイアンのテストをしたのは昨年12月。「最初に見たときに『これ、自分専用のアイアン!?』と思うくらい好きな顔でした。プロになってから色んなアイアンを見てきましたが一番良かったです。芝から打ったときの抜けも完璧でした。リーディングエッジが削られていてスムーズにヘッドが抜けてくれた。プロが自分用にオーダーしてこういう風に削ることはありますけど市販の段階でここまで削られているのはスゴイと思いました」
『S-3』ではプロのフィードバックから生まれたトリプルカットソールを採用。リーディングエッジ側もトレーディングエッジ側もグラインドされている。
打感についても絶賛していた。「ミズノのアイアンの一番の魅力は打感だと思います。手に感じる振動も音も特別。今、使っている『JPX923ツアー』の打感もすごく気に入っていますが、『S-3』はさらに良くなりました。『JPX923ツアー』は柔らかさの中にも少し弾く感じがありましたけど『S-3』はそれがない。打感がクリアになったというか柔らかくなりました。打っていて本当に気持ちいい。ミズノの中でも今までで一番好きな打感でした」
ミズノの打感は世界特許を取得しているグレインフローフォージド製法から生まれている。この製法は1本の丸棒からフェースからネックまで一体成型で鍛造することによって打感の生命線となる鍛流線(金属組織の流れ)が途切れない。さらにボールが当たる部分に鍛流線を密集させることで打感に厚みをもたせている。
こだわったのはマッスルバックに“近い”打感
打感のこだわりはそれだけではない。企画担当の竹生一貴は「ミズノではインパクトの打球音にこだわりながら、心地よい打感を作り上げています。『S-3』でこだわったのはマッスルバックに近い打感です。“近い”というところがポイント。最初はマッスルバックと同じような音がするプロトタイプも作りましたが、テスト段階で『マッスルバックすぎる』と言われてしまった。だから、バックフェースの厚みを工夫したり、銅下メッキを入れたりしながら、マッスルバックに近いけどハーフキャビティの雰囲気がある打感にしました。打感は心地良さではなく、上達に導く重要な要素。ハーフキャビティらしい寛容性が、ゴルファーが使ったときの安心感につながると思います」
顔についても打感についても平田憲聖が今までで一番だと語った『S-3』。開発段階から何かリクエストをしていたのか。「いえ、アイアンの開発についてこうして欲しい、こういうアイアンを作ってほしいということを言ったことはありません。ただ、普段からクラフトマンや養老の方には自分の好みは伝えています」
平田憲聖がはじめて養老工場に来たのは約10年前。「養老は僕にとっても聖地。中学3年生のときに父親にはじめて連れてきてもらいました。養老に来るのはひとつの夢でした。プロのサインとかが飾ってあるのを見て、プロも来ているんだと思いました。養老はゴルフを好きな人ならみんな知っているところ。養老で作ってもらったアイアンはそれだけでステータスになると思います。僕は中学生の頃からアイアン、ウェッジは野村武志さんに全部任せていてすごく信頼しています」
野村武志は40年以上にわたり、養老工場でアイアンを削り続けてきたマイスタークラフトマン。国内外のトッププロのアイアン、ウェッジを削ってきた。
野村は平田のアイアンの好みや中学生当時の印象について教えてくれた。「中学生の頃は本当に大人しい子。今もすごくいいヤツですね。アイアンの好みとしては“受けている顔”というか、少しグースになっている顔が好き。最近の選手はストレートネックが好きなタイプが多いので、好みとしては昔の選手に近い。ソールのバウンスとかトップブレードの厚みとか全部、彼の“急所”はわかっています」
野村は40年のキャリアの中で市販用のモデルをプロ用にするために大幅に変えたこともあったそうだ。しかし『S-3』ではその必要がなかった。「開発が頑張ってくれたから最初からカタチが良かった。あまり大きい声では言えませんが、一般の人が乗る乗用車をプロ用のレーシングカーにするくらい削ったアイアンもありました。まぁ、昔のプロはこだわる部分がすごく細かったというか独特でしたからね。『S-3』は原型から良かったので、そういう苦労はありませんでした」
『S-3』の形状はどうやって生まれたのか。再び企画担当の竹生さんに話聞いた。「このアイアンは『JPX923ツアー』の後継モデルになるハーフキャビディですが、一番大変だったのは『JPX』から『ミズノプロ』になって、『ミズノプロ』らしさを出すことでした。プロからのフィードバックや養老のクラフトマンの意見を聞きながら形状をブラッシュアップしていきました。日本だけでなく、PGAツアーからのフィードバックも採り入れています。『JPX923ツアー』はややトゥ側の重心になっていましたが、『ミズノプロ』になったことで操作性を向上させています。そして何よりも伝統の『ミズノプロ』らしい形状や雰囲気に仕上げています」
ミズノのハーフキャビティと言えば『MP-64』から『JPX923ツアー』まで名器が揃っている。その系譜にシグネチャーの名前を冠して生まれた『S-3』。そこにはミズノの名器の歴史が伝承されていた。
ウェッジにもプロが認めたこだわりの打感を
さらに『ミズノプロ T-1/T-3(以下T-1、T-3)』ウェッジにもアイアンの技が継承されていた。『T-1/T-3』は素材もアイアンと同じS25CMを使い、製造もグレインフローフォージド製法。ちなみにS25CMは一般的な軟鉄鍛造のアイアンに使われているS25Cからミズノ独自の品質レベルにするために不純物をJIS企画の約50%カットした素材。平田はウェッジの第一印象でアイアンとの共通点を感じていた。
「12月はまだ寒かったので本格的なテストはできなかったのですが、打感がアイアンと同じになっていて本当に柔らかくなっていました。46度、50度、54度はアイアンと同じ感覚で打ちたいと思っていたのでこの打感はすごく気に入っています」
1月のPGAツアー「ソニーオープン」から54度の『T-1ウェッジ』を使いはじめた平田。その試合では予選を3位タイで通過し、21位タイという結果を出した。
「今年は46、50、54度は『T-1』にしようと思っています。『T-1』はアイアンからの流れがすごく良くて、フルショットしたときに自分の思った通りの弾道とスピンが入ってくれます。58度は『T-3』をテストしています。58度はグリーン周りでの寛容性が欲しい。だから『T-3』の方がいいですね」
ウェッジも10年以上の付き合いがある野村武志マイスターが削っている。「今日はライ角、ロフト角のチェックと調整をしました。彼はアドレスしたときに小さく見えるウェッジは好きではない。ハイバウンスもダメですね。6度くらいのローバウンスにしてから前(リーディングエッジ)と後ろ(トレーディングエッジ)も削って抜けを良くしています。58度だけ『T-3』にしたのは重心が低いところが気に入ったみたいです」
取材が終わると野村マイスターがクラブを削る姿を食い入るように見ていた平田憲聖。平田が養老を訪れるようになったのは10年前からだが、野村はニック・ファルドがメジャーで優勝した時代に養老工場でファルドのアイアンを削っていた。2000年代には世界ランキング1位のルーク・ドナルドも養老工場を訪れて、当時使っていたハーフキャビティの名器『MP-64』を削っていた。ミズノと養老の技と打感は令和の時代にも継承されている。
文・構成/野中真一 写真/田中宏幸