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    episode 3 【ボールが飛ぶ快感】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年6月4日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    「それくらいなら、私のほうが飛ぶ」
    「出ました! いつものヤツ。Aさん、本当のところ、どうなんですか?」

    大学野球部時代に、リーグ戦で放った140mのホームランは、未だに記録なのだ、と社員Dは爽やかに言った。彼と同期の社員Cは、からかうように冒頭の台詞を言ったのだ。上司Aは答えた。

    「Dくん。それは本当だ。彼女はゴルフボールを楽に180ヤード、いや、162メートルは飛ばせる」

    社員Dは、少し目を丸くして、社員Cのほうに体を向けた。

    「Dくん。それも、一生に一度ではなく、ほぼ毎回なのだよ」

    社員Cは、Vサインを作りながら、上司Aの口調を真似て、嬉しそうに笑った。上司Aは、社員Dに、ゴルフは地球上の球技で最もボールが飛ぶのだと説明した。社員Dは、諦めたようで、少し肩を落としつつ、黙って聞いていた。

    「でも、もし、Dくんがゴルフをしたら、270メートルまでボールを飛ばすのも夢じゃない」

    上司Aが言うと、社員Dは顔を上げて、小さな声で言った。

    「東京ドーム2個分ですね」

    少しだけ沈黙してから

    「ゴルフ…… やってみようかなぁ」

    と彼は言った。単純すぎる展開に、上司Aは拍子抜けしたが、チャンスだと考えて、社員Dの話をじっくりと聞くことにした。

    まとめると、こんな感じになった。

    ◆同期社員では、同期同士でのゴルフが最近になって盛んになっている
    ◆営業の上司や先輩だけでなく、社員Cを含めた数名に、ゴルフをすることを何度も薦められてきた
    ◆どうせゴルフをするなら、仕事にもプラスにしたいから業務絡みでやりたい
    ◆会社でゴルフ入門のセミナーを開催したり、インドアレッスン代金の一部負担があるなら、すぐにやっても良い
    ◆ゴルフを始めれば、社内コンペにも出てみたい。人脈作りが仕事に活かせそうだから
    ◆体育会出身のプライドがあるので、やるなら誰にも負けたくない(特に社員Cには)
    ◆ボールが見えないぐらい遠くまで飛ぶのは魅力があるけど、それなら練習場だけでも良いような気もする



    「Dくんって、本当に単純だよね。でも、ゴルフを会社で福利厚生の一部みたいな感じにしてもらう、という考え方は、わたしも大賛成です」

    お嬢様の社員Cも、賛同する部分があるようだった。

    社内コンペに若い社員を参加させろ、という特命で動き出したときには、上司Aは全く発想もしなかったが、改めて出現した会社が協力体制を作るべきだという主張には、ハッとさせられた。

    昔は、この会社にもゴルフ部があって、福利厚生の予算もついていたと聞いたことがあった。上司Aが入社する少し前に廃部になったと聞いていたが、ゴルフ部というより、同好会というか、サークル的な活動に会社も理解を示すのは、逆に現在だからこそ、好ましいような気がした。

    「わたしが、ゴルフを教えてあげるよ」
    「ありがたいが、Cに教わるのだけは、絶対にNG」

    彼らの会話を聞きながら、ゴルフコースでも、軽口を叩きながらプレーしている様子を上司Aはうっすらと想像して、そういう社内コンペなら、今よりももっと楽しいのかもしれないと想像した。

    一つの方向性が見えてきた上司Aは、彼らの同期社員にもっと話を聞いてみたいと考えて、二人に相談してみることにした。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「Drive for show , putt for dough !
     ドライバーは見世物、パットは現ナマ!」
    (作者不明)


    飛距離はゴルフの最大の魅力だという人は案外と多い。一発の飛ばしのために、ゴルフをしている、と公言する人もいる。

    では、練習場だけで満足できるのかと、観察してみると、やはりコースに出て、プレーするのが本番なのである。一球入魂。ゴルフは常に一発勝負。打ち直しはできないという緊張感の中で、狙い通りの飛距離とフェアウェイの真ん中に飛んでいく100点満点の快感を一度知ってしまうと、練習場では満足できなくなるのだ。

    ゴルフは上がってナンボ、という現実主義者もいる。飛距離自慢の若者を、飛ばないが熟練の技を持った老人が負かすというシーンも、ゴルフでは【あるある】の一つで、もちろん、魅力の一つだ。

    スコアアップのためのハウツーを、スコアメイクと呼ぶが、その基本にして、最大の武器はパッティングである。ゴルフのスコアメイクでは、終わり良ければすべて良し、なのである。

    今回の金言は、超有名で、誰もが一度は耳にしているし、口にしてもいると思うのだが……

    パットが大事なのは当たり前だとして、この金言は、ドライバーがないゴルフは華がなくてつまらないという深い意味も含んでいるという説がある。飛ぶ快感もわかるし、スコアが良くなっていく充実感もゴルフの魅力的である。ゴルフは本当に罪なゲームなのだ。

    上司Aは、飛距離の魅力で、一人の若者にゴルフに興味を持たせることに成功したが、ゴルフをするようになるまでは、まだまだ先の話で、油断はできない。つまり、パットを決めて、ホールアウトするまで、勝負はついていないのである。

    とはいっても、最初の1打目を打つクラブの代表はドライバーだ。今回の件で、とりあえず、ドライバーショットは放たれたのかもしれない、と上司Aは考えた。飛距離はまあまあで、フェアウェイはとらえた、ような気がするので、合格である。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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