episode 4 【レンタルでお気軽に】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2020年6月18日 06時00分
目次 / index
女子社員Cと野球部出身のホームラン社員Dの同期会ゴルフの幹事をしている社員Eを紹介してもらって話を聞くことになった。
彼らの世代の同期の絆は、上司Aの知っているそれとは、別の世界のものに思えた。上司Aにとって、同期は仲間であると同時にライバルでもあり、適度な距離感を保ちつつ付き合うものだった。サラリーマン生活の終盤でゴールがある程度見えてきた今でこそ、一緒に戦ってきた同志としての付き合いが生まれたりしているが、20代、30代は数名の気が合う同期がいただけで、手に手を取り合って趣味を謳歌するなんていう発想は微塵もなかったのだ。
社員Eは、ごく普通の若い社員に見えた。勝手なイメージで、パーティー好きのナンパ系サークルのリーダーを想像していた上司Aは、まず第一印象からズレていて、先が思いやられた。大人しく見えた社員Eは、話し出したら止まらないタイプのようで、社内ゴルフコンペに若い社員を参加させるための特命プロジェクトだと聞いて、興味を持ちました、と目を輝かせながら話し始めた。
◆社員Eは、ゴルフ歴3年。ゴルフが楽しくてしかたがない
◆ゴルフデビュー以来、同級生か、同期以外とはゴルフをしていない
◆現在の部署でも社員Eがゴルフをしていることを知らない人のほうが多い
◆同期会のゴルフが始まったのは1年半前である
◆現在は年に6回開催していて、参加者は毎回4組ぐらい
◆同期の3割ぐらいがゴルフをしていて、その8割が同期ゴルフに来ている感じ
社員Eの自己紹介は、前もって社員Cから詳細に聞いていたが…… 想像していたよりも、同期ゴルフがしっかりと運営されている様子に驚いた。参加者の中には、同期ゴルフでコースデビューした仲間も5、6人はいるという。立派なサークル活動である。
上司Aを更に驚愕させたのは、社員Eのゴルフデビューの話だった。
彼のゴルフデビューは、ゴルフを始めた親友に、一切の練習をしていない段階で、いきなりコースに連れて行かれて始まったという。ゴルフ経験がある親友のキャディーバッグ一つだけで、クラブを共有して、もう一人の友人の3人でプレーしたのだというのだ。
「スノーボードと同じで、いきなりリフトで山の上まで連れて行かれて、雪まみれになって降りて来るというスパルタなハウツーは、僕が親友をスノボに引き込んだときの常套手段だったので、同じことですよ」
と、社員Eは笑った。
スキーは全てレンタルで始めた自分の経験を思いだして、上司Aは、驚きつつも、少し納得していることを自覚していた。
ちなみに、ハチャメチャなデビューラウンドで、ゴロしか打てなかったが、社員Eはゴルフの虜になって、2週間後には中古でクラブを揃えて、練習場も短期間に6回も行ってから、2回目のラウンドを行ったそうだ。そのときの3人の友人は永遠のライバルだと認め合っているという。
社員Eが言う通り、ゴルフは楽しくてしかたがないもので、純粋に、そして、貪欲に快楽を追求することに躊躇することはないのである。社員Eは、ゴルフのために免許を取った。毎回レンタカーを借り、仲間とゴルフの行き帰りの車中も楽しい、と笑顔で話していた。
ゴルフ賛歌の時間を経て、上司Aは社員Eが好きになっていた。話し始めてから1時間半経って、彼は社内ゴルフコンペへ若い社員が参加しやすくなるための提案を始めた。
◆いきなり誘われても、楽しそうではないし、ビビるから誰も参加しない
◆コミュニケーションルームに試打ブースを作って、初心者から上級者まで誰でも参加OKのレッスン会の開催
◆社員Cが提案した会社が費用負担してくれることには、社員Eは魅力を感じない
◆具体的に社全体でゴルフを許容する空気を出して、社内コンペも個人戦だけではなく、年代対抗のチーム戦とか、昔の運動会的な集いになれば面白そうだと思う
上司Aは、彼ら以外にも、別の年代の同期ゴルフが存在することを確信して、ゴルフをする潜在的な人数は十分に社内にいそうだと安心した。どうやって、同期の仲間だけという殻を破って顔を出させるのか……
あのコミュニケーションルームは、元々ホールだったので天井はかなり高いから、移動式の試打ブースを設置するのに何ら問題はない。ゴルフメーカーと共催のようにして、費用を折半し、試打ブースとレッスンプロを派遣してもらえば、初心者を増やす機会にもなるし、経験者の若手も、役員も同じようにして予約してレッスンを受けて、親交を深めるというシーンが想像できた。
上司Aは、大掛かりになり過ぎて、若手を増やせという特命が暴走していないか? と自問しながら、最初にやるべきことは、これしかない、と考え始めていた。
彼らの世代の同期の絆は、上司Aの知っているそれとは、別の世界のものに思えた。上司Aにとって、同期は仲間であると同時にライバルでもあり、適度な距離感を保ちつつ付き合うものだった。サラリーマン生活の終盤でゴールがある程度見えてきた今でこそ、一緒に戦ってきた同志としての付き合いが生まれたりしているが、20代、30代は数名の気が合う同期がいただけで、手に手を取り合って趣味を謳歌するなんていう発想は微塵もなかったのだ。
社員Eは、ごく普通の若い社員に見えた。勝手なイメージで、パーティー好きのナンパ系サークルのリーダーを想像していた上司Aは、まず第一印象からズレていて、先が思いやられた。大人しく見えた社員Eは、話し出したら止まらないタイプのようで、社内ゴルフコンペに若い社員を参加させるための特命プロジェクトだと聞いて、興味を持ちました、と目を輝かせながら話し始めた。
◆社員Eは、ゴルフ歴3年。ゴルフが楽しくてしかたがない
◆ゴルフデビュー以来、同級生か、同期以外とはゴルフをしていない
◆現在の部署でも社員Eがゴルフをしていることを知らない人のほうが多い
◆同期会のゴルフが始まったのは1年半前である
◆現在は年に6回開催していて、参加者は毎回4組ぐらい
◆同期の3割ぐらいがゴルフをしていて、その8割が同期ゴルフに来ている感じ
社員Eの自己紹介は、前もって社員Cから詳細に聞いていたが…… 想像していたよりも、同期ゴルフがしっかりと運営されている様子に驚いた。参加者の中には、同期ゴルフでコースデビューした仲間も5、6人はいるという。立派なサークル活動である。
上司Aを更に驚愕させたのは、社員Eのゴルフデビューの話だった。
彼のゴルフデビューは、ゴルフを始めた親友に、一切の練習をしていない段階で、いきなりコースに連れて行かれて始まったという。ゴルフ経験がある親友のキャディーバッグ一つだけで、クラブを共有して、もう一人の友人の3人でプレーしたのだというのだ。
「スノーボードと同じで、いきなりリフトで山の上まで連れて行かれて、雪まみれになって降りて来るというスパルタなハウツーは、僕が親友をスノボに引き込んだときの常套手段だったので、同じことですよ」
と、社員Eは笑った。
スキーは全てレンタルで始めた自分の経験を思いだして、上司Aは、驚きつつも、少し納得していることを自覚していた。
ちなみに、ハチャメチャなデビューラウンドで、ゴロしか打てなかったが、社員Eはゴルフの虜になって、2週間後には中古でクラブを揃えて、練習場も短期間に6回も行ってから、2回目のラウンドを行ったそうだ。そのときの3人の友人は永遠のライバルだと認め合っているという。
社員Eが言う通り、ゴルフは楽しくてしかたがないもので、純粋に、そして、貪欲に快楽を追求することに躊躇することはないのである。社員Eは、ゴルフのために免許を取った。毎回レンタカーを借り、仲間とゴルフの行き帰りの車中も楽しい、と笑顔で話していた。
ゴルフ賛歌の時間を経て、上司Aは社員Eが好きになっていた。話し始めてから1時間半経って、彼は社内ゴルフコンペへ若い社員が参加しやすくなるための提案を始めた。
◆いきなり誘われても、楽しそうではないし、ビビるから誰も参加しない
◆コミュニケーションルームに試打ブースを作って、初心者から上級者まで誰でも参加OKのレッスン会の開催
◆社員Cが提案した会社が費用負担してくれることには、社員Eは魅力を感じない
◆具体的に社全体でゴルフを許容する空気を出して、社内コンペも個人戦だけではなく、年代対抗のチーム戦とか、昔の運動会的な集いになれば面白そうだと思う
上司Aは、彼ら以外にも、別の年代の同期ゴルフが存在することを確信して、ゴルフをする潜在的な人数は十分に社内にいそうだと安心した。どうやって、同期の仲間だけという殻を破って顔を出させるのか……
あのコミュニケーションルームは、元々ホールだったので天井はかなり高いから、移動式の試打ブースを設置するのに何ら問題はない。ゴルフメーカーと共催のようにして、費用を折半し、試打ブースとレッスンプロを派遣してもらえば、初心者を増やす機会にもなるし、経験者の若手も、役員も同じようにして予約してレッスンを受けて、親交を深めるというシーンが想像できた。
上司Aは、大掛かりになり過ぎて、若手を増やせという特命が暴走していないか? と自問しながら、最初にやるべきことは、これしかない、と考え始めていた。
今回の金言
「ゴルフの唯一の欠点は…… 面白すぎることだ」
(ヘンリー・ロングハースト)
英国のゴルフ評論家ロングハーストのエッセイ集“Golf Mixture”(1952年)の中に出てくる言葉。ロングハーストは1909年生まれで、ケンブリッジ大ゴルフ部キャプテンとして活躍し、ドイツのアマチュア選手権に優勝したこともある腕前だった。のちに、サンデー・タイムズのゴルフ記者となって多くのゴルフ著書を残した。
上司Aは、社員Eのゴルフが楽しくてしかたがないという情熱に触れて、特命関係なしに、ゴルフの面白さを広めたいという純粋な気持ちになった。もちろん、特命を忘れたわけではないので、ブレーキを適切に踏める前提で、アクセルを踏む余裕があることに気が付いた、ということなのかもしれない。
ゴルフがたくさんの人を虜にするのは、やってみると想像以上に面白いからだ。ゴルフ嫌いと呼ばれる人でも、一度触れてみたら、180度方向転換して、ゴルフ好きになることは、あちらこちらに実例として存在している。
ゴルフをする人の数だけ、ゴルフの面白さが用意されている。ゴルフをすればするほど、そう思うようになるのである。
つまり、社内ゴルフコンペも、社内ゴルフコンペである以前に、面白いゴルフに過ぎないのだと考えると……
上司Aが、やらなければならないと決断したコミュニケーションルームでのゴルフレッスン会に意味が生まれてくる。どんなに情熱があっても、若い社員たちだけでは社内調整などには限界がある。上司Aは、自分の存在の役割を知ったような気がして嬉しかったのだ。
面白すぎるゴルフに翻弄された上司Aと社員たちの奮闘は、まだ始まったばかりである。
(ヘンリー・ロングハースト)
英国のゴルフ評論家ロングハーストのエッセイ集“Golf Mixture”(1952年)の中に出てくる言葉。ロングハーストは1909年生まれで、ケンブリッジ大ゴルフ部キャプテンとして活躍し、ドイツのアマチュア選手権に優勝したこともある腕前だった。のちに、サンデー・タイムズのゴルフ記者となって多くのゴルフ著書を残した。
上司Aは、社員Eのゴルフが楽しくてしかたがないという情熱に触れて、特命関係なしに、ゴルフの面白さを広めたいという純粋な気持ちになった。もちろん、特命を忘れたわけではないので、ブレーキを適切に踏める前提で、アクセルを踏む余裕があることに気が付いた、ということなのかもしれない。
ゴルフがたくさんの人を虜にするのは、やってみると想像以上に面白いからだ。ゴルフ嫌いと呼ばれる人でも、一度触れてみたら、180度方向転換して、ゴルフ好きになることは、あちらこちらに実例として存在している。
ゴルフをする人の数だけ、ゴルフの面白さが用意されている。ゴルフをすればするほど、そう思うようになるのである。
つまり、社内ゴルフコンペも、社内ゴルフコンペである以前に、面白いゴルフに過ぎないのだと考えると……
上司Aが、やらなければならないと決断したコミュニケーションルームでのゴルフレッスン会に意味が生まれてくる。どんなに情熱があっても、若い社員たちだけでは社内調整などには限界がある。上司Aは、自分の存在の役割を知ったような気がして嬉しかったのだ。
面白すぎるゴルフに翻弄された上司Aと社員たちの奮闘は、まだ始まったばかりである。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。