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    episode 9 【スクランブルで始めよう・その2】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年8月27日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    上司Aのチームは、2番ホールに来た。
    右ドッグのパー5。右サイドは池と川がグリーンまで続く、かなり難しいホールだ。
    女子用の赤ティーは、白ティーより80ヤードも先にあったので、今度は飛ばない順ではなく男性二人が先に第1打を打った。

    力みが消えない飛ばしたい社員Dに上司Aはアドバイスをした。

    「グリッププレッシャーを抜くと、力が抜けて、結果として飛ぶからやってみると良いよ」

    ドライバーをグリップさせて、思いっ切り強く握ってから、それを10として、グリップを持つことができるギリギリの力加減の1〜2の力加減でグリップをしてみる。その柔らかさを維持して、スイングすると良い、と一緒にやりながら説明して、素振りをさせた。

    社員Dから打った。1番よりは良い当たりだったが、ボールは右に曲がって川の中に消えていった。
    「当たりは良かった。それで良いんだよ」と上司Aは褒めた。あと16ホールある。少しずつリラックスすれば良いのだ。上司Aは、ドライバーでフェアウェイの左サイドを狙ってフェードを打った。フェアウェイの真ん中にボールは止まった。

    赤ティーに移動して、まず、契約社員Fが打った。良い当たりで、フェアウェイの右サイドに150ヤード飛んだ。ほぼ、上司Aと同じ位置だったので、そのボールをチョイスして、ハーフで第1打を最低1回は選ばれなければならないという義務をクリアする選択肢が生まれた。女子社員Cは、更にナイスショットで、200ヤードのドライブを放った。上司Aは少し迷ったが、1番ホールに続いて、女子社員Cのボールを選択した。

    ◆セカンドショットは175ヤードのやや打ち下ろし
    ◆契約社員F、社員D、女子社員Cが、それぞれあまり良いショットではなかった
    ◆上司Aはユーティリティで右サイドを警戒してグリーンの左サイドを狙って打ち、ボールは2オンした
    ◆ホールは右サイドに切られていたので、長いイーグルパットを4人それぞれが打ったが、入らなかった
    ◆1ヤードに寄った上司Aのボールを選択して、最初に社員Dが打ってバーディーになった


    上司Aのチームスコアは、アンダーになった。
    社員Dは、生まれて初めてのバーディーパットを決めて、興奮しながら

    「僕たち、優勝しちゃうんじゃないですか?」

    と嬉しそうに言ったのを、女子社員Cが茶化した。4人のチームのみんなで笑った。

    3番ホールは145ヤードのパー3。ティーの位置は、白も赤もほぼ同じなので、飛ばない順に打つことになった。グリーンの奥がOBだが、ボール止めのバンカーがある。バンカーはそれだけなので、グリーンに乗せることに集中しやすい、やさしめのパー3だ。

    グリッププレッシャーを抜くというコツを社員Dより先に、実践できたのは契約社員Fだった。

    ◆ドライバーを持った契約社員Fの打ったボールはやや低めに飛び出して、花道で上手く跳ねて、1オンした
    ◆社員Dと女子社員Cは少し力んでグリーンには乗らなかった
    ◆上司Aは、得意な距離だったこともあって、狙い通りのショットをして、ピンの奥2ヤードに乗った
    ◆上司Aのボールをチョイスするという3人を上司Aは説得して、契約社員Fの11ヤードのボールを選択した
    ◆契約社員Fは女子社員Cに続いて、第1打目の義務をクリアした
    ◆ニアピンホールということで、上司Aのボールの位置にチーム名を書いたニアピン旗を立てた
    ◆ご相伴システムというのは、個人で取ったアトラクションがチームで表彰されること
    ◆選択しないボールにも権利はあるということは、スタート前に幹事に確認していた
    ◆バーディーパットは4人とも入らずに、女子社員Cがあと5センチまで寄ったボールを自ら入れてパー


    3ホールを終えて1アンダーという成績が、他のチームと比較して良いのか悪いのか、上司Aにはわからなかった。女子社員Cは「バーディーじゃないと物足りなくなっている自分が怖い」とカートに乗りながら言って、チームで笑いながら、それぞれが大なり小なり、同じように感じていることを自覚していた。スクランブル競技の醍醐味を早くもみんなで味わいながら、気持ちは4番ホールに向かっていた。

    上司Aは、大学時代の新入生から始まって、50人以上の初心者と一緒にラウンドしてきた。
    経験として、技術的なアドバイスは最小限にすることを意識していた。色々と言われても、すぐに手一杯でアップアップになってしまうので、良いアドバイスでも効果が出なくなってしまうからだ。

    大事なこと、できれば一つだけに絞って、そればかりをチェックして、上手くいけば褒めて、忘れていると思ったら励ましながら、もう少しだったとそれに注意を向けるのである。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「緊張は、まずグリップとペースから現れる」
    (ボビー・ロック)


    ボビー・ロックは、南アフリカの伝説的な名手である。全英オープンに4回優勝の他、世界中を舞台に活躍した。
    著書“Bobby Locke on Golf”(1954年出版)の中の一文。

    緊張すると無意識に、手に力が入って、歩いたり、動いたりするペースが早くなる。無意識だから本人にはわからないのだが、そうならないように意識すれば、緊張による失敗を未然に防げるという教えだ。

    何度も失敗をして、反省をしていく内に、力の抜き方やちょうど良い動きのペースを学んでいくのも、ゴルフの面白さである。

    上司Aが社員Dに伝えたグリッププレッシャーを抜くというリラックス法は、現在では緊張をほぐし、最大飛距離を引き出し、ミート率まで上がるという有名なハウツーだ。初心者でも、コースでやりやすいことと、結果が出やすいことを上司Aは、過去の経験で知っていたのだ。

    ホンモノの上級者は、グリップが減らないので頻繁にグリップ交換をすることはない。ミスショットのほうがグリップに負荷がかかるので、上級者はミスをしないせいだという説があるが、実は、グリップをぎゅっと握って、力任せに打っていないからグリップが減らない、という説のほうが近年では有力である。

    年に何度も、凸凹に磨り減ったグリップを新しいものに交換しているゴルファーは……
    練習するほど下手になるという迷路から脱出するために、グリッププレッシャーを見直してみることである。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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