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    episode 10 【スクランブルで始めよう・その3】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年9月10日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    上司Aのチームは、スクランブル競技を楽しみながら7番ホールまで来た。3番ホールで1アンダーだったが、4番、5番、6番はパーが続いていた。2ホールはバーディーパットが入らず、1ホールは4人の総力で必死にパーをキープしたのだ。上司Aは、スクランブルは初めてだったが、過去の団体戦やゴルフの経験から、流れは切れていない、と確信していた。

    7番ホールは120ヤード。打ち下ろしのパー3だ。手前が池で、初心者にはプレッシャーがかかるホールだ。女子の二人から先に打つことにしたが、チーム内には、少し張り詰めた空気があった。チーム内で、必ず最低1回は自分のボールが選ばれなければならない、というスクランブル競技の決まりを、社員Dだけがクリアしていなかったからだ。

    社員Dは「あと3ホールしかない」と考えてドキドキしていた。人生の半分以上を捧げてきた野球に例えると、2ストライクに追い込まれて打席に立っているバッターの気分だった。ピッチャーの実力がレベル違いで、バットに当たる気がしないが、見送ってもフォアボールで出塁なんてできそうにない。絶望的な状況だった。それが気になって、5番ホールも、6番ホールも、第1打目は酷いショットだった。教えてもらった力を抜いてスイングする方法も、全く効果が出ないのである。

    「オレはこういうピンチを何度も経験してきたはずだ」と自分を勇気づけた。実際に、追い込まれたときほど、開き直って無心で振ったバットは、自分を裏切らなかった。手にしていたピッチングウェッジも、バットと同じように機能してくれるはずだと信じようと努力をしていたが…… 失敗したらという不安は、秒単位で増していくような気がしていた。

    上司Aは社員Dと一緒に女子たちのティーショットを見ていたが、横にいる社員Dの不安が伝わってきて、どうにかしてやりたいと頭をフル回転していた。これこそが、スクランブル競技のゲームとしての面白さの根幹なのだが、コースデビューの初心者には、下手すればトラウマになってしまう可能性があった。しかし、こういうときに初心者に響くアドバイスなどはないことも事実なのだ。結局、ゴルフの神様に祈るしかない。それもゴルフなのである。

    女子チームの1打目は、派遣社員Fのボールはトップして手前の池の中へ一直線で、女子社員Cのボールはグリーン手前のエッジに止まった。

    社員Dの順番になった。3人が祈りを込めて、彼のショットを見つめた。追い詰められた男は、とにかく全力を込めて、思いっ切りクラブを振った。

    「厚い!」

    上司Aは心の中で叫んだ。ウェッジのヘッドは、ボールの手前に打ち込まれた。ボールは、ダフって当たったことでエネルギーの伝達不足で、ふわっと飛び出した。女子の非力なショットのように優しく上がったボールは、池を越えてくれ、という4人の願いも空しく、途中で浮上することやめると、池の右側に重力で落ちていった。

    ボールが落ちていく先には、コンクリートできた構造物があった。それは、池の水をコースの外の排水路に流すための蓋を調整するための弁がついた1メートル四方の設備だった。社員Dが打ったボールは、根性で、そのコンクリートの構造物に、コーンという音を立てて当たった。

    ボールは再び空中に上がって、フラフラと池を辛うじて越えた斜面に向かって飛んだ。30度はある斜面は、深いラフになっていて、赤い杭が点在していたが、ボールは赤い杭の上のラフに着地して、スポットいう感じで止まった。

    「よしよし!」上司Aは思わず声を出してしまった。ナイスショットとはほど遠いけれど、選択できるボールだと確信したからだ。

    上司Aは、ゴルフの神様に感謝しながら、リラックスしながらショットした。ボールはピン筋に飛んでいって、ピンの1ヤード手前に落ちて、ピンの横30センチに止まった。

    ◆バーディ確実の上司Aのボールではなく、池の斜面に止まった社員Dのボールを選択しようと3人を説得した
    ◆4人で強烈な斜面のラフからアプローチをして、上司Aだけが乗せて、3ヤードのパーパットが残った
    ◆2番目にパットをした社員Dが、自分の責任を果たすという意地でパーパットをねじ込んだ
    ◆社員Dは高校球児のように空向かって腕を伸ばすガッツポーズをして、みんなにからかわれた
    ◆リラックスしたムードで8番パー4を迎え、バーディ外しのパー
    ◆9番パー5で、社員Dのドライバーショットが初めて火を噴いて280ヤードショット
    ◆残り190ヤードを楽々2onして、2パットでバーディー
    ◆上司Aチームの前半の成績は2アンダーになった


    ランチタイムでレストランに行くと、すぐに、スコアカードの提出を求められた。前の2組が注目する中で女子社員Cが自慢気にスコアカードを感じに渡した。

    「すげぇ。このチームで、初めてのスクランブルで2アンダー!」

    スコアカードを覗き込んだ別の社員が声を上げた。

    「悪いけど、前半はまだアイドリングで、本気出していないからね」

    女子社員Cが胸を張った。他の男子社員が、ティーショットを2回ずつ選択されている社員Dと契約社員Fを褒めた。参加者が盛り上がりながら、食事をオーダーをしたり、話しながら飲んで食べたり…… 若い連中だけのゴルフコンペが、こんなに和気藹々に楽しい雰囲気を醸し出しているという現実に上司Aは驚いた。

    前の組だった社員Bの40代チームの成績はパープレーだったようだ。

    「ゴルフの団体戦って、普段は感じないプレッシャーがあって面白いですね」

    社員Bは興奮して言った。

    「変に遠慮があったり、互いの性格がわかり合えていなかったりしたのでロスがありましたが、後半はアンダーが出せそうです」

    最終組も上がってき、幹事の社員Eから、食事をしながら聞いてください、と話し出して、前半の成績発表が始まった。

    ◆4チームは接戦で、1組目の30代チームAと上司Aチームが2アンダー、30代Bチーム、40代チームがそれぞれ1打差で続いた
    ◆タイスコアはカウントバックで、9番ホールからスコアカード上のプレーオフの結果、30代Aチームの勝ち
    ◆30代Aチームは3バーディー1ボギーで、9番と7番でバーディーだったために勝利となった
    ◆後半は30代Aチームは最終成績に2打をプラスすることが発表された
    ◆前半のパー3で行われた2つのニアピンは両方とも上司Aチームで、7番ホールのボール選択が話題になって盛り上がった


    上司Aのチームは、早くも次のハーフに向けて燃えていた。前半プレーしてわかったことは、4人共にかなりの負けず嫌いなのである。特に社員Dは、最終ホールでのショットで自信がついたのか、気合いが入っていた。

    スクランブルに慣れていて、選抜チームを作ってきた30代両チームは、感心していた。やはり、ゴルフ部採用のゴルフの実力は伊達ではない、ということが一つ目で、二つ目は最初のハーフで、誰にも教わらずにスクランブル競技のコツは緻密な想像力と素早い決断力がわかってきている様子だと察知したからだ。

    それぞれの思惑の中、後半戦は始まった。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「ゴルフは体力よりも、耳と耳の間によってプレーされるゲームである」
    (ボビー・ジョーンズ)


    ボビー・ジョーンズは、日本では『球聖』という呼ばれている伝説のゴルファーである。アマチュアゴルファーとして、同一年に全英オープンと全英アマ、全米オープンと全英アマに勝ったグランドスラマーで、競技ゴルフを20代で引退し、オーガスタナショナルGCを作り、現代のメジャートーナメントの『マスターズ』を作った。この金言は、彼の名著『ダウン・ザ・フェアウェイ』に書かれている。

    現在、この金言はB・ジョーンズ曰く、という彼の名言として使われるのだが、実際は、スコットランドの古いことわざである。

    ゴルフというゲームは、他のスポーツに例えられることはほぼ皆無に近いが、チェスやカードゲームに例えられることは本になるぐらい多い。それは、ゴルフが耳と耳の間、つまり、脳で戦うゲームであるという証明といえる。

    世の中を冷静に見渡しても、残酷なほどに、ゴルフは頭の悪さを露呈させるシーンに溢れている。「バカが隠せないから、バカはゴルフをしないほうが良い」と昭和の頃は、無遠慮に言う人がたくさんいた。誰でもゴルフができるようになった今、SNSの投稿などを見ても、ゴルファーはハンディキャップではわからない上級と下級に分かれることが明確になるから複雑である。

    ゴルフの本当の恐怖は、バカでも、バカなりにゴルフを楽しめてしまうという許容の広さにあるのだが……

    上司Aは、勝負の良い流れを切らさないように注意しつつ、コースデビューの二人を連れて団体戦を楽しんでいる。これも、よく考えれば、バカで滑稽なシーンである。一歩間違えば、本人たちの心に傷を残す可能性があるだけではなく、ゴルフコースにいるゴルファーに迷惑をかけてしまう可能性も否めないからだ。

    上司Aだからできることは、厳しく追及すれば慢心に過ぎない。

    上司Aは、乗りかかった船だと開き直って、バカになることにしたのだ。そもそも、特命の内容が、頭の良い話ではないのだから、その時点で、運命は決まっていたのである。

    やるからには手を抜かずに、100%を出すというのが上司Aのモットーだ。バカほど、ズルをして手を抜いたり、言い訳をしたりするということを彼はゴルフから教えられていたのである。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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