episode 12 【夫婦でゴルフ】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2020年10月8日 06時00分
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「僕らもスクランブル競技をやったことあります。ダブルス・スクランブルという2名1チームの競技でした」
上司Aは、先日のスクランブル競技の話を会話の導入とした。会計課G課長は、目を輝かせて、経験があると話し始めて、スクランブル競技が世間に浸透しつつあることに驚かされた。G課長は、最後のゴルフ部採用の社員Bの同期で、ゴルフをしている社員の調査中に発見した“基本的に夫婦二人でゴルフをしている”という珍しい社員だった。上司Aは、社員Bにお願いして、話をする機会を得たのである。
上司Aは、G課長のことを知っていた。入社したときから飛び抜けた切れ者として注目されていたが、研修期間中に出された課題に根本的なミスがあることを出世コースである営業企画室の当時の室長に、理路整然と指摘したというちょっとした事件があったからだ。
出る杭は打たれるのは、どこの会社でも同じで、優秀さの倍ぐらい使いづらいかもしれないという警戒感を持たれて、経理課に配属されたのだ。それでも腐らずに、同期の中で、一番最初に課長になったのがGだった。社員BからG課長の名前が出たときに、最もゴルフと遠いところにいるイメージだったので、夫婦云々よりも驚きがあった。上司Aの周囲では、本当に頭が良いと感心する人間でゴルフをしている例が皆無だからだ。
「彼は、その辺のゴルフを知ったかぶっているヤツの何倍もゴルフが好きで、かつ、詳しいんですよ」
社員Bの話を聞いて、上司Aは会いたくてしかたがなくなって、この日の対面となった。
スクランブルの話から自然と夫婦二人で趣味としてゴルフを楽しんでいる、というG課長本人の話になっていった。ありとあらゆる治療や努力をしたが子供を授かれなかった。7年前に、子供を諦めた夫婦の心に空いた穴を埋める目的で、前から妻が興味を持っていたゴルフを一緒に始めたのだという。スクールに行って、半年間、基礎を叩き込まれて、デビューした日に、夫婦でゴルフの虜になったらしい。
「僕の中では、ゴルフと妻はセットなんですが、妻は僕以外のスクール仲間や、女子会ゴルフも楽しんでいます」
G課長は爽やかに笑った。少し話しづらいような深い部分もサラッと話してくれたことに、上司Aのほうが戸惑ったが、「コイツとクラブを交えたいなぁ」と早くも思い始めていた。上司Aは、社内ゴルフコンペに若い社員を参加させるという特命を受けていることなどを説明して、忌憚のない意見が欲しいとG課長にお願いをした。
「感染の危険がある中で、社内ゴルフコンペは開催されるのですか?」
G課長は驚いていた。上司Aは、とりあえず、年内の開催は中止になったことを説明した。
「2人だけでプレーするスタイルが、これからのゴルフの主流になっていくと、個人的には予測しています。社内ゴルフコンペも大きく変革をする良い機会なのかもしれませんね」
G課長は積極的に話をし始めた。G課長が話した2人ゴルフの長所と短所と可能性は以下のようなものだった。
◆二人ゴルフの最も良い点は気軽なことで、例えば前日でも天気を見て予約できる
◆プレーが速くできるが、前の組が4人や3人だと待ち時間が長くなる
◆スムーズにプレーしたいので、自然と早い時間のスタートが多くなる
◆社内ゴルフコンペなどでは2人ゴルフは向かない
◆仲の良い2人は2人ゴルフでより親密になるが、逆の場合はマイナスが増えるだけ
◆趣味のゴルフとしての2人ゴルフの可能性は無限大である
◆感染防止の観点から、2人ゴルフはもっと増える
「ところで、Aさんのご家族はゴルフをするのですか?」
上司Aは、それを聞かれると厳しいなぁ、と始めから考えていたが、飾らずに本音で答えた。
「妻は若い頃はゴルフを一緒にしていた時期もあったけど、もうゴルフクラブもどっかにいっちゃったな。でもね、2人ならやるっていうかもしれないなぁ、と話を聞きながら考えたよ」
強いて、子供の話題は避けた。G課長に気をつかった。妻と夫婦でゴルフをすることを想像して、楽しいかもしれないと思ったのは本当のことだった。
◆確かに2人ゴルフはこれからの主流になる可能性がある
◆夫婦や気心知れた仲間と2人で気軽にするゴルフは趣味として機能的だ
◆社交術としてのゴルフとしては、かなり無理があり、社内ゴルフコンペなら尚更だ
◆とはいえ、夫婦だけではなく親子や兄弟などの家族で参加できる社内行事として、二人ゴルフには可能性がある
上司Aは、新しいゴルフが始まっていることを改めて確信した。
G課長の話を聞いて良かったとも思った。ここまで自信満々で、かつ、明確に二人でゴルフをすることを語れる社員は彼以外にはいない。
「夫婦以外の人と3人とか、4人でゴルフをすることは考えられないのかい?」
上司Aが聞くと、
「コースデビューは、4人で1組でした。二人ゴルフ以外を否定するつもりは一切ないです。誰とでも良いからゴルフをしたいというシーンがなかったので、二人ゴルフだけで何年間もゴルフをしてきただけです」
G課長は淡々と話した。そして、急に早口になって言った。
「ぜひ、Aさんとは一緒にプレーしてみたいです。妻もきっと一緒にプレーしたがるような気がしますので、3人でも、何人でも、お願いしたいです」
上司Aは、こっちからお願いしようと思っていたのだ、と話した。彼自身のゴルフの腕前などの話は一切聞いていなかったが、そんなことが気にならないほど、ゴルファーとして魅力があることが伝わったのだ。この男を、社内ゴルフコンペに参加させられたら、社内ゴルフコンペは改革するという予感があった。
上司Aは、2人でゴルフすることに少し抵抗感があることを自覚しつつ、たぶん、時代の流れで二人でゴルフをすることが当たり前になることも予測できた。何よりも、切れ者の参謀を得たような気がして、それが嬉しかった。
上司Aは、先日のスクランブル競技の話を会話の導入とした。会計課G課長は、目を輝かせて、経験があると話し始めて、スクランブル競技が世間に浸透しつつあることに驚かされた。G課長は、最後のゴルフ部採用の社員Bの同期で、ゴルフをしている社員の調査中に発見した“基本的に夫婦二人でゴルフをしている”という珍しい社員だった。上司Aは、社員Bにお願いして、話をする機会を得たのである。
上司Aは、G課長のことを知っていた。入社したときから飛び抜けた切れ者として注目されていたが、研修期間中に出された課題に根本的なミスがあることを出世コースである営業企画室の当時の室長に、理路整然と指摘したというちょっとした事件があったからだ。
出る杭は打たれるのは、どこの会社でも同じで、優秀さの倍ぐらい使いづらいかもしれないという警戒感を持たれて、経理課に配属されたのだ。それでも腐らずに、同期の中で、一番最初に課長になったのがGだった。社員BからG課長の名前が出たときに、最もゴルフと遠いところにいるイメージだったので、夫婦云々よりも驚きがあった。上司Aの周囲では、本当に頭が良いと感心する人間でゴルフをしている例が皆無だからだ。
「彼は、その辺のゴルフを知ったかぶっているヤツの何倍もゴルフが好きで、かつ、詳しいんですよ」
社員Bの話を聞いて、上司Aは会いたくてしかたがなくなって、この日の対面となった。
スクランブルの話から自然と夫婦二人で趣味としてゴルフを楽しんでいる、というG課長本人の話になっていった。ありとあらゆる治療や努力をしたが子供を授かれなかった。7年前に、子供を諦めた夫婦の心に空いた穴を埋める目的で、前から妻が興味を持っていたゴルフを一緒に始めたのだという。スクールに行って、半年間、基礎を叩き込まれて、デビューした日に、夫婦でゴルフの虜になったらしい。
「僕の中では、ゴルフと妻はセットなんですが、妻は僕以外のスクール仲間や、女子会ゴルフも楽しんでいます」
G課長は爽やかに笑った。少し話しづらいような深い部分もサラッと話してくれたことに、上司Aのほうが戸惑ったが、「コイツとクラブを交えたいなぁ」と早くも思い始めていた。上司Aは、社内ゴルフコンペに若い社員を参加させるという特命を受けていることなどを説明して、忌憚のない意見が欲しいとG課長にお願いをした。
「感染の危険がある中で、社内ゴルフコンペは開催されるのですか?」
G課長は驚いていた。上司Aは、とりあえず、年内の開催は中止になったことを説明した。
「2人だけでプレーするスタイルが、これからのゴルフの主流になっていくと、個人的には予測しています。社内ゴルフコンペも大きく変革をする良い機会なのかもしれませんね」
G課長は積極的に話をし始めた。G課長が話した2人ゴルフの長所と短所と可能性は以下のようなものだった。
◆二人ゴルフの最も良い点は気軽なことで、例えば前日でも天気を見て予約できる
◆プレーが速くできるが、前の組が4人や3人だと待ち時間が長くなる
◆スムーズにプレーしたいので、自然と早い時間のスタートが多くなる
◆社内ゴルフコンペなどでは2人ゴルフは向かない
◆仲の良い2人は2人ゴルフでより親密になるが、逆の場合はマイナスが増えるだけ
◆趣味のゴルフとしての2人ゴルフの可能性は無限大である
◆感染防止の観点から、2人ゴルフはもっと増える
「ところで、Aさんのご家族はゴルフをするのですか?」
上司Aは、それを聞かれると厳しいなぁ、と始めから考えていたが、飾らずに本音で答えた。
「妻は若い頃はゴルフを一緒にしていた時期もあったけど、もうゴルフクラブもどっかにいっちゃったな。でもね、2人ならやるっていうかもしれないなぁ、と話を聞きながら考えたよ」
強いて、子供の話題は避けた。G課長に気をつかった。妻と夫婦でゴルフをすることを想像して、楽しいかもしれないと思ったのは本当のことだった。
◆確かに2人ゴルフはこれからの主流になる可能性がある
◆夫婦や気心知れた仲間と2人で気軽にするゴルフは趣味として機能的だ
◆社交術としてのゴルフとしては、かなり無理があり、社内ゴルフコンペなら尚更だ
◆とはいえ、夫婦だけではなく親子や兄弟などの家族で参加できる社内行事として、二人ゴルフには可能性がある
上司Aは、新しいゴルフが始まっていることを改めて確信した。
G課長の話を聞いて良かったとも思った。ここまで自信満々で、かつ、明確に二人でゴルフをすることを語れる社員は彼以外にはいない。
「夫婦以外の人と3人とか、4人でゴルフをすることは考えられないのかい?」
上司Aが聞くと、
「コースデビューは、4人で1組でした。二人ゴルフ以外を否定するつもりは一切ないです。誰とでも良いからゴルフをしたいというシーンがなかったので、二人ゴルフだけで何年間もゴルフをしてきただけです」
G課長は淡々と話した。そして、急に早口になって言った。
「ぜひ、Aさんとは一緒にプレーしてみたいです。妻もきっと一緒にプレーしたがるような気がしますので、3人でも、何人でも、お願いしたいです」
上司Aは、こっちからお願いしようと思っていたのだ、と話した。彼自身のゴルフの腕前などの話は一切聞いていなかったが、そんなことが気にならないほど、ゴルファーとして魅力があることが伝わったのだ。この男を、社内ゴルフコンペに参加させられたら、社内ゴルフコンペは改革するという予感があった。
上司Aは、2人でゴルフすることに少し抵抗感があることを自覚しつつ、たぶん、時代の流れで二人でゴルフをすることが当たり前になることも予測できた。何よりも、切れ者の参謀を得たような気がして、それが嬉しかった。
今回の金言
「No two holes are ever alike.」
(イギリスのコース設計のことわざ)
イギリスでは、全てのホールに個性を持たせる設計をしなければならない、という思想がゴルフの黎明期から引き継がれてきた。一つのホールにとらわれすぎると、良いことはない。ある程度ゴルフができるようになると多くのゴルファーが、得意ホールと、苦手ホールの呪縛がゴルフを難しくしていることに気が付くものである。
この国には、右へ倣えが大好きな国民性があったことと、ゴルフは遊びなのだからと、謙虚に学ぶ姿勢を恥じる風習があったことで、林間の平坦なコースが一流なのだという魔法にかかったまま長い時間が経過してしまった結果、同じようなホールが並ぶコースがたくさん出来てしまった歴史がある。18ホール全てに個性があるように、と言われ始めた頃には、国中の9割以上のコースは既に出来上がっていたのだ。
今回の金言は、同じホールが2つあってはならない、というコース設計の基礎を伝えるものである。
とはいえ、長い年月が経ち、双子のようだったホールも、木が伸びたり、隆起したり沈下したりで、大人になったら兄弟ぐらいの差は出てきた、と感じさせるところも少なくない。
上司Aだけではなく、多くのオールドゴルファーは、無意識に保守的になる傾向がある。変化しないことを正義の一つだと勘違いしてしまうのだ。ゴルフは、この国のオールドゴルファーたちが考えている以上に、許容性が高く、柔軟なのだと、上司Aは気がつき始めた。
個性を出すことを怖がっていては、前に進めないことが人生でもゴルフで最低でも1回は起きる。ゴルフはそういうものを包み込んでも、本質は微動だにしない。
マンネリには、マンネリの美学があるが、変化があってこそのマンネリだということは、上司Aも知っている。新しいゴルフを貪欲に探求するのだと上司Aは決意していた。
(イギリスのコース設計のことわざ)
イギリスでは、全てのホールに個性を持たせる設計をしなければならない、という思想がゴルフの黎明期から引き継がれてきた。一つのホールにとらわれすぎると、良いことはない。ある程度ゴルフができるようになると多くのゴルファーが、得意ホールと、苦手ホールの呪縛がゴルフを難しくしていることに気が付くものである。
この国には、右へ倣えが大好きな国民性があったことと、ゴルフは遊びなのだからと、謙虚に学ぶ姿勢を恥じる風習があったことで、林間の平坦なコースが一流なのだという魔法にかかったまま長い時間が経過してしまった結果、同じようなホールが並ぶコースがたくさん出来てしまった歴史がある。18ホール全てに個性があるように、と言われ始めた頃には、国中の9割以上のコースは既に出来上がっていたのだ。
今回の金言は、同じホールが2つあってはならない、というコース設計の基礎を伝えるものである。
とはいえ、長い年月が経ち、双子のようだったホールも、木が伸びたり、隆起したり沈下したりで、大人になったら兄弟ぐらいの差は出てきた、と感じさせるところも少なくない。
上司Aだけではなく、多くのオールドゴルファーは、無意識に保守的になる傾向がある。変化しないことを正義の一つだと勘違いしてしまうのだ。ゴルフは、この国のオールドゴルファーたちが考えている以上に、許容性が高く、柔軟なのだと、上司Aは気がつき始めた。
個性を出すことを怖がっていては、前に進めないことが人生でもゴルフで最低でも1回は起きる。ゴルフはそういうものを包み込んでも、本質は微動だにしない。
マンネリには、マンネリの美学があるが、変化があってこそのマンネリだということは、上司Aも知っている。新しいゴルフを貪欲に探求するのだと上司Aは決意していた。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。