episode 13 【ゴルフデビュー女子編】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2020年10月22日 06時00分
目次 / index
スクランブル競技の後、しばらくすると、ましても、女子社員Cに勝手にセッティングされて、上司Aは週末の土日に連続してゴルフをすることになった。
土曜日は、上司Aと女子社員Cに契約社員F。日曜日は、上司Aと女子社員Cにプラスして、野球部出身社員Dとゴルフ部出身社員Dという4人。スクランブル競技を経験した上で、ストロークプレーで自分の実力を知りたい、という社員Dの強い要望があったことがきっかけになったという。
スクランブル競技をしたことで、契約社員Fの準備は、ほぼ終わっていたが、ラウンドまでの間にゴルフショップやネットでいくつかのアイテムを買い換えたり、買い足したりしたという。
「まあ、基本的にはアパレル関連ですけどね」
女子社員Cは、冷やかすように言った。
ラウンドの話が出てから、女子のデビュー前に必要な注意事項を何度も女子社員Cと確認し合った。ラウンドが始まってしまえば、上司Aのお手並み拝見で、よろしくお願いします、という丸投げだったが……
◆予約するコースは、女子用の施設がしっかりしているところにして、遅すぎないスタート枠を取る
◆家までピックアップしてもらうのが嫌なケースもあるから宅急便の使い方も説明する
◆ゴルフウェアは雑誌などで確認するよう伝えて、行き帰りの服装についても説明する
◆予備のボールはもちろんのこと、予備のグローブも準備させる
◆シューズは練習場などでも履いて慣らしておく
◆同伴者に経験がある同性を入れること、施設は一緒に利用しなければわかりにくいから
◆女子は準備に時間がかかるので、最低でもスタート1時間前にはチェックインする
土曜日は薄曇りだったが、雨の予報ではなかった。
「女子にはこういう天気のほうがゴルフ日和なんですよ」
女子社員Cは、契約社員Fとパターとボールを持って、練習グリーンから乗用カートに戻ってきながら言った。上司Aは初めてのコースだったが、女子社員Cは何度か来たことがあって、ここが良いと予約をしただけあって、男性の用の施設もきれいで、コースもこぢんまりしている雰囲気だが、美しくて好感を持った。8時半スタートの時間通りにスタートになった。
スタートホールは、女子用のティーと男性用のティーが近かったので、スクランブルの時と同じで飛ばない順で打つことにして、契約社員F、女子社員Cが続けて打った。スクランブルの時よりも、契約社員Fのスイングが格段に力強くなっていたのには驚かされた。彼女が打ったボールは高くストレートに飛んで、180ヤード地点まで行ったのだ。
後から、もっと飛ばなければダメだと考えて、広めの練習場に何度も行って練習したのだと聞いた。室内練習場でゴルフを覚えた人たちが、コースに出て、最初に「飛距離が必要」と気が付くという話は、何度も耳にしていたが、現実に目の前で見ると面白いものだ、と上司Aは感心した。
「娘とゴルフなんて、羨ましいなぁ」
上司Aがボールをティーアップしていると、後ろの組のカートから小声で話しているのが耳に入って、『そんなふうに見えるのが普通なのかもしれない』と苦笑いをした。
◆それぞれにスコアをつけることを習慣にできるように、スコア申告はちゃんとするように心掛けた
◆深いラフや大きな傾斜にあるボールは打ちやすいところに出して打つ特別ルールにした
◆スロープレーに繋がるような兆候は芽の内に摘むように、その場で注意してどうすれば良いかを指示した
◆パープレーでプレーできるまでは女子用のティーでプレーするように伝えた
◆打ち終えて、カートに乗るときにクラブを戻さずに、手に持って乗るとスピードアップになると徹底した
◆積極的に時短になる前進4打などのローカルルールを採用した
◆ときには、罰打を加えた上で、グリーン近くまで行ってプレーを再開させた
◆得意なクラブに自信を持たせるために、届かないときは、得意クラブで打つようにさせた
上司Aは、一所懸命にプレーしている契約社員Fをプレー中、常に見守り、応援していた。厳しさはあとからいくらでも学べるが、楽しさは初めの内だけは苦痛を取り除くようにしなければ実感できないことを知っていたので、特別ルールを使用しながらラウンドを終了した。
「スクランブルの時よりも、10倍くらい緊張しましたけど、10倍ぐらい面白かったです!!」
最終ホールのグリーンを降りたときに、女子社員Cに感想を求められて、契約社員Fはそう回答した。契約社員Fのスコアは118だったので、
「120を切ったことは素晴らしいと思うよ」
と絶賛したが、本人は「まだ、おみそルールだから」と小さくなっていた。
「たぶん、明日の社員Dよりも、今日のFちゃんのほうがスコアは良いと思うよ」
女子社員Cは笑いながらオチをつけた。上司Aも笑った。
連チャンのゴルフは、本音では苦痛な部分もあったが、上司Aは明日のゴルフも楽しみになっていた。
土曜日は、上司Aと女子社員Cに契約社員F。日曜日は、上司Aと女子社員Cにプラスして、野球部出身社員Dとゴルフ部出身社員Dという4人。スクランブル競技を経験した上で、ストロークプレーで自分の実力を知りたい、という社員Dの強い要望があったことがきっかけになったという。
スクランブル競技をしたことで、契約社員Fの準備は、ほぼ終わっていたが、ラウンドまでの間にゴルフショップやネットでいくつかのアイテムを買い換えたり、買い足したりしたという。
「まあ、基本的にはアパレル関連ですけどね」
女子社員Cは、冷やかすように言った。
ラウンドの話が出てから、女子のデビュー前に必要な注意事項を何度も女子社員Cと確認し合った。ラウンドが始まってしまえば、上司Aのお手並み拝見で、よろしくお願いします、という丸投げだったが……
◆予約するコースは、女子用の施設がしっかりしているところにして、遅すぎないスタート枠を取る
◆家までピックアップしてもらうのが嫌なケースもあるから宅急便の使い方も説明する
◆ゴルフウェアは雑誌などで確認するよう伝えて、行き帰りの服装についても説明する
◆予備のボールはもちろんのこと、予備のグローブも準備させる
◆シューズは練習場などでも履いて慣らしておく
◆同伴者に経験がある同性を入れること、施設は一緒に利用しなければわかりにくいから
◆女子は準備に時間がかかるので、最低でもスタート1時間前にはチェックインする
土曜日は薄曇りだったが、雨の予報ではなかった。
「女子にはこういう天気のほうがゴルフ日和なんですよ」
女子社員Cは、契約社員Fとパターとボールを持って、練習グリーンから乗用カートに戻ってきながら言った。上司Aは初めてのコースだったが、女子社員Cは何度か来たことがあって、ここが良いと予約をしただけあって、男性の用の施設もきれいで、コースもこぢんまりしている雰囲気だが、美しくて好感を持った。8時半スタートの時間通りにスタートになった。
スタートホールは、女子用のティーと男性用のティーが近かったので、スクランブルの時と同じで飛ばない順で打つことにして、契約社員F、女子社員Cが続けて打った。スクランブルの時よりも、契約社員Fのスイングが格段に力強くなっていたのには驚かされた。彼女が打ったボールは高くストレートに飛んで、180ヤード地点まで行ったのだ。
後から、もっと飛ばなければダメだと考えて、広めの練習場に何度も行って練習したのだと聞いた。室内練習場でゴルフを覚えた人たちが、コースに出て、最初に「飛距離が必要」と気が付くという話は、何度も耳にしていたが、現実に目の前で見ると面白いものだ、と上司Aは感心した。
「娘とゴルフなんて、羨ましいなぁ」
上司Aがボールをティーアップしていると、後ろの組のカートから小声で話しているのが耳に入って、『そんなふうに見えるのが普通なのかもしれない』と苦笑いをした。
◆それぞれにスコアをつけることを習慣にできるように、スコア申告はちゃんとするように心掛けた
◆深いラフや大きな傾斜にあるボールは打ちやすいところに出して打つ特別ルールにした
◆スロープレーに繋がるような兆候は芽の内に摘むように、その場で注意してどうすれば良いかを指示した
◆パープレーでプレーできるまでは女子用のティーでプレーするように伝えた
◆打ち終えて、カートに乗るときにクラブを戻さずに、手に持って乗るとスピードアップになると徹底した
◆積極的に時短になる前進4打などのローカルルールを採用した
◆ときには、罰打を加えた上で、グリーン近くまで行ってプレーを再開させた
◆得意なクラブに自信を持たせるために、届かないときは、得意クラブで打つようにさせた
上司Aは、一所懸命にプレーしている契約社員Fをプレー中、常に見守り、応援していた。厳しさはあとからいくらでも学べるが、楽しさは初めの内だけは苦痛を取り除くようにしなければ実感できないことを知っていたので、特別ルールを使用しながらラウンドを終了した。
「スクランブルの時よりも、10倍くらい緊張しましたけど、10倍ぐらい面白かったです!!」
最終ホールのグリーンを降りたときに、女子社員Cに感想を求められて、契約社員Fはそう回答した。契約社員Fのスコアは118だったので、
「120を切ったことは素晴らしいと思うよ」
と絶賛したが、本人は「まだ、おみそルールだから」と小さくなっていた。
「たぶん、明日の社員Dよりも、今日のFちゃんのほうがスコアは良いと思うよ」
女子社員Cは笑いながらオチをつけた。上司Aも笑った。
連チャンのゴルフは、本音では苦痛な部分もあったが、上司Aは明日のゴルフも楽しみになっていた。
今回の金言
「少しも緊張しない気まぐれなゴルフをするほど無駄なものはない」
(ボビー・ジョーンズ)
『マスターズ』を創設した米国が誇る偉人ゴルファーの筆頭であるボビー・ジョーンズがコラムの中に書いた言葉。20代で史上初のグランドスラムを達成して、アマチュアのまま競技ゴルフを引退した天才ゴルファーは、作家としての才能も持っていて、たくさんの素晴らしいゴルフコラムを残している。
『マスターズ』といえば、2020年は史上初めて11月に開催されることになった。秋のオーガスタナショナルを見ることなど、一生ありえないと諦めていたので、コロナ禍も悪いことばかりじゃない、のである。残念なのは、この話をしても、あまり共感を得られないことだ。温度差に、逆に驚かされる。
誰にでも、何にでも、最初がある。デビューの緊張というのは、テーマにおいて1回きりである。お付き合いするほうも責任重大で、デビューの経験の印象が悪くて、ゴルフをやめてしまった人も少なからずいることを意識しなければならない。コースデビューの同伴者がいる緊張感は、そういう意味でかなり上級で、かつ、独特である。
今回の金言は、ベテランゴルファーほど心に刻んで欲しい。ついつい慣れすぎて、自らゴルフを無意味なものにしてしまう無限地獄に落ちつつある人は案外と多いからだ。『少しも緊張しない気まぐれな』という部分を、『いい加減な目的や目標の』と置き換えてみると、心のリトマス試験紙になるかもしれない。
いつもの楽しいゴルフも良いが、たまには、違う感覚やテーマでゴルフをすることは、とても大事なのだ。この金言は、ゴルフとは何か? という哲学的な部分にも切り込んでくる深さを含んでいるのである。
上司Aは、地道に初心者を増やしていくことは、特命の一環として大事なことであるのと同時に、自分のゴルフにも確実に良い影響をしていると確信した。師匠と弟子という絆は、ゴルフの世界でも縦横無尽に張り巡らされている。複雑になり過ぎれば、柵となって双方を苦しめるものだが、シンプルに絆を太くすることはそんなに難しいことはないのである。
(ボビー・ジョーンズ)
『マスターズ』を創設した米国が誇る偉人ゴルファーの筆頭であるボビー・ジョーンズがコラムの中に書いた言葉。20代で史上初のグランドスラムを達成して、アマチュアのまま競技ゴルフを引退した天才ゴルファーは、作家としての才能も持っていて、たくさんの素晴らしいゴルフコラムを残している。
『マスターズ』といえば、2020年は史上初めて11月に開催されることになった。秋のオーガスタナショナルを見ることなど、一生ありえないと諦めていたので、コロナ禍も悪いことばかりじゃない、のである。残念なのは、この話をしても、あまり共感を得られないことだ。温度差に、逆に驚かされる。
誰にでも、何にでも、最初がある。デビューの緊張というのは、テーマにおいて1回きりである。お付き合いするほうも責任重大で、デビューの経験の印象が悪くて、ゴルフをやめてしまった人も少なからずいることを意識しなければならない。コースデビューの同伴者がいる緊張感は、そういう意味でかなり上級で、かつ、独特である。
今回の金言は、ベテランゴルファーほど心に刻んで欲しい。ついつい慣れすぎて、自らゴルフを無意味なものにしてしまう無限地獄に落ちつつある人は案外と多いからだ。『少しも緊張しない気まぐれな』という部分を、『いい加減な目的や目標の』と置き換えてみると、心のリトマス試験紙になるかもしれない。
いつもの楽しいゴルフも良いが、たまには、違う感覚やテーマでゴルフをすることは、とても大事なのだ。この金言は、ゴルフとは何か? という哲学的な部分にも切り込んでくる深さを含んでいるのである。
上司Aは、地道に初心者を増やしていくことは、特命の一環として大事なことであるのと同時に、自分のゴルフにも確実に良い影響をしていると確信した。師匠と弟子という絆は、ゴルフの世界でも縦横無尽に張り巡らされている。複雑になり過ぎれば、柵となって双方を苦しめるものだが、シンプルに絆を太くすることはそんなに難しいことはないのである。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。