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    episode 14 【ゴルフデビュー営業男子編】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年11月5日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    女子社員Cは自分の車でコースに行ってもらい、男性3人は最後のゴルフ部採用の社員Bの車でピックアップしてもらって一緒にコースに行った。上司Aと社員Bで相談して決めたことだった。

    本格的な意味でコースデビューになる社員Dは、営業部にいるので、今後、仕事でゴルフをするシーンも多いはずだから、そういう勉強も同時に教えようということにしたのだ。現在では減ってしまったが、昭和の頃の接待ゴルフは、取引先を迎えに行くところから始まるものだった。それに、行き帰りの車の中でレクチャーできる時間があることもメリットが多いと判断したのだ。

    3人のカートーク(車の中での会話)は、想定以上に楽しく、意味があるものになった。
    上司Aも若い頃は接待することが多い部署にいたので、失敗談を披露したりしたが、一番興味深かったのは、社内に野球好きの人脈があり、そこでもゴルフコンペが年に数回開かれていて、大学野球のリーグ戦で記録を持っている社員Dは、既に、次のコンペに誘われているという話だった。

    元高校球児、元大学野球部員、少年野球経験者、単に野球好きという集まりは、野球部がない社内でも、自然発生して、百人ぐらいの規模になっているという。その活動は、いくつかの支社で草野球チームがあり、総会的に年に1度大宴会をするという。聞いてみれば、確かにそういう集まりがあることは理解できたが、上司Aにとって、それは完全に盲点だった。1割が社内コンペに来てくれれば、十分に参加年齢の引き下げに有効になる可能性がある。次々に出てくる可能性は嬉しかった。

    コースに着くと、女子社員Cがフロントの前のソファで上司Aたちを待っていた。前回、前々回は、お気軽なコースだったので、カジュアルなゴルフスタイルだったが、ブレザーを着て、パンプスを履いている女子社員Cは、別人のように見えた。ゴルフ部の女子部員みたいだ、と上司Aは思った。これも事前に相談して決めたことだった。

    ドレスコードが厳格なコースにおいて、ブレザーはゴルファーの制服のような要素を持っている。社員Dも、直前にユニクロで買ったというブレザーを着てきていた。

    「なんか若く見えるな」

    社員Dは、女子社員Cを挨拶もそこそこにからかった。

    「ピチピチに若いっちゅうねん!」

    二人の掛け合いは漫才のようだった。

    取引先の前にフロントでサインして待つのが正解というハウツーもあるが、上司Aの社内の接待マニュアルでは、コースで待ち合わせのときは、先着厳守の上、取引先を待って、フロントで一緒のタイミングでサインをすることになっていた。女子社員Cも、それを知っていたし、社員Dにも車の中で、その説明はしていた。

    バブルの頃、究極の接待コースを目指して作られたそのコースは、多少メッキがはげている部分はあっても、来場者を威嚇するような圧力は健在だった。一昔前までは、頑なにセルフプレーを拒んでいたらしいが、最近は、早い時間と遅い時間のスタートだとセルフプレーが可能になったという。

    サインを済ませて、女子社員Cに、レストランで一服するかと聞くと、

    「パットの調子がイマイチなので、練習グリーンで集合にさせてください」

    という答えだった。社員Bは、社員Dを連れて、練習場で軽く打ってから、ということなので、待ち合わせはスタート前に練習グリーンということにした。上司Aだけでレストランでゆっくりさせてもらうことにした。窓際の席で、色々なゴルファーを見下ろしながら、ホットミルクを飲むのが、上司Aのゴルファーとしての大好きな時間だった。

    シャツの裾を出してクラブハウスから出てきた男性ゴルファーをコースのブレザーを来たスタッフが、注意をして、タックインするようにお願いをしていた。特に抵抗することなく、次々にタックインをしているのを見て、こういう時代なのだと改めて感じた。
    このコースの素晴らしいところは、女性に男装のマナーを押しつける無粋をせずに、女性のタックアウトは認めているところだった。

    フォーマルな洋装のマナーを少しでも知っていれば、女性にタックインを強制させるなんて、品位がなく、恥ずかしいことだとわかることなのだ。

    ◆接待関連のゴルフではキャディ付きが普通なので、それもデビューしてもらうことにした
    ◆キャディーは自分を映す鏡で、自分の立ち振る舞いに応じて、天使にも悪魔にもなる
    ◆スタート前に挨拶をするときに、用意したポチ袋に心付けを入れて渡すのも社内マニュアルだ
    ◆初心者でコースデビューだと正直に話をして、一日、よろしくお願いします、と挨拶する
    ◆キャディ業務の邪魔になり、破損もしやすいので、バッグのフードは前日に外して背中のポケットに
    ◆キャディに嫌われている内は、一人前のゴルファーになんて絶対になれない
    ◆キャディはルール上も、プレー中の唯一の味方である


    昨日に続いて、この日も良い天気だった。上司Aがパターとボールを持って、練習グリーンに行くと、既に3人はパットの練習を終えていて、ボールマークの正しい直し方を社員Bが、社員Dに教えているところだった。上司Aは、4球ほどパットをして、じゃあ、行こうか、とメンバーに声をかけた。

    キャディは若い女性だった。社員Dは、上司Aが用意したポチ袋を、皆さんからです、よろしくお願いします、と彼女に渡して、自分が実質的にコースデビューだと言うことも説明をした。予定通りに、スタート時間になった。

    ◆飛ばない順に打つことにして、女子社員Cは190ヤード上司Aは230ヤード、社員Bは240ヤードのドライバーを打った
    ◆4番バッターの社員Dは、目の覚めるようなショットでキャリーで280ヤード飛ばした
    ◆キャディは、本当に初めてなんですか? とおだてたが、残り80ヤードから6打かかったので納得した
    ◆構えたら何も考えず、直球をセンター打ち返すようにスイングするという野球風のコツで社員Dはドライバーは上手くなっていた
    ◆キャディにアイアンは、フィニッシュを振り切らないでクラブを立てて終わり、とアドバイスされて更に上達した
    ◆キャディの的確なジャッジとアドバイスには上司Aも助けられたが、コースで研修生をしているということだった
    ◆社員Dは、パーを3回もとったが、何ホールか大叩きもして、結局は104打だった
    ◆スロープレーにならないように、自分のボールの位置へ、危険じゃないように注意して行くハウツーを飛びゴルファーの嗜みとして社員Dに伝えた


    「ゴルフ、最高です。真面目に、このまま、あと18ホールやりたいです」

    社員Dは興奮して言った。上司Aは、彼が思った以上に吸収が早く、ゴルファーとしての気配りなども時々見せていたので、未来が明るい、と嬉しくなった。

    「夏場は2ラウンドできるゴルフコースもあるから、来年は一緒に行こう」

    社員Bは、社員Dを本当に気に入ったようで、ラウンド中に、翌月のゴルフの約束もしていたようだった。

    「キャディさんに感謝しなよ。途中にアドバイスされなかったら、倍ぐらいのスコアになったかもしれないからね」

    女子社員Cがいつもの調子で言うと、

    「本当にありがとうございました」

    と社員Dは身体を折り曲げて、最敬礼の姿勢で大声でお礼を言った。芝居がかった仕草に、キャディと女子社員Cは大爆笑していた。

    爽やかな空気を作る才能は、サラリーマンにとって強力な武器になるが、ゴルフでもその力は強力である。好印象を残すことは、ゴルファーとしての評価にプラスの加点になるからだ。社員Dは、誰もが一緒にプレーしたがるような爽やかな風のようなゴルファーになって欲しいと、上司Aは願っていた。

    二連続のゴルフは上司Aには少しキツかったが、社員Dの喜ぶ姿を見て、身体が軽くなった気がした。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「ベストを尽くして打て。その結果が良ければ良し、悪ければ忘れよ」
     (ウォルター・ヘーゲン)


    プロの中のキングと呼ばれる無類の勝負強さと、プロゴルファーの地位の向上に貢献したのがウォルター・ヘーゲンだ。この金言は、ヘーゲンの伝記である“The Walter Hagen Story”(1956年)の中で使われた言葉である。

    あまりにも有名な金言は、帰りの車の中で上司Aが自分のゴルフ人生で、最も頭の中で繰り返している言葉だと社員Dに紹介したものだ。

    「それって、社会人としても、人生としても、使えますよね」

    社員Bは、ハンドルを握りながら、しみじみと言った。社員Dは言った。

    「自分もゴルフのテーマとして、心で唱えるようにします」

    上司Aは、女子社員Cがいれば、「お経か?」と突っ込んだだろうなぁ、と少しニヤニヤしてしまった。

    カートークでは話せなかったが、ゴルファーがスコアアップしやすくなるために、都合良く忘れる、という才能は最高の能力になると上司Aは考えていた。

    良かった結果は増幅しながら記憶に残って、上手くいけば自信となる。問題は、失敗を引きずらないことのほうなのだ。失敗も増幅して、メンタルに作用してゴルファーを苦しませるからだ。いわゆる、トラウマは、ゴルファーの大敵なのである。

    初心者の頃の幸福なところは、心のメモリーに余裕があることだ。良い結果も、どんどんメモリーに入るし、悪い結果も反省材料としてメモリーされる。個人差はあるが、あっという間に心のメモリーはいっぱいになる。データを整理しなければ大変なことになるので、悪いデータを消去して、良いデータだけを保存しなければ、意図せずに漏れ出すのは、大概が悪いデータで、それがメンタルを蝕むというわけである。

    上司Aも、心のメモリーの整理整頓ができているつもりになっているが、消しきれない悪いデータもあるので油断は禁物だった。

    帰りの車で、行きの何倍も社員Dは話をしていた。ゴルフのことばかりが気になって、眠れなくなりそうだと話す彼にゴルフの神様が微笑まないわけがないと上司Aは心強く思うのであった。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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