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    episode 15 【暗中模索といくつかの光】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年11月19日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    「暗中模索ですが、いくつかの光が見えてきた感じです」

    上司Aは、現状報告を特命を発令した役員にしていた。順調じゃないか、という空気に釘を刺すように、最後に付け加えた。

    暗中模索なのは、本当である。若いゴルファーの実態調査と新しいゴルファーの誕生を手伝ったに過ぎない。それらが、社内コンペに繋がっていくかどうかは、微妙なところなのだ。

    ここに来て、プラス要素としてラッキーなことがあったとすれば、秋の社内コンペが、コロナウィルスの影響で中止になったことだ。次の開催予定は、来年の春である。適度な間隔は、余裕ができたということより、ハードルが上がったという危機感も感じた。

    ◆社内でのプライベートなゴルフの集まりは、世代や趣味などでいくつもあるようだ
    ◆きっかけがあればゴルフを始めたいという社員は多いが、コンペには直結はしなさそうだ
    ◆家族や夫婦でゴルフをしているケースは、社内コンペに参加枠を作れれば可能性がある
    ◆仕事として社内コンペに参加するのであれば、行事参加や手当などが欲しいという声もあった
    ◆思い切って、若い名幹事に、社内コンペを仕切らせてみるのも面白い
    ◆開催コースをもっと庶民的な安価でプレーできるコースにしてみてはどうか
    ◆公認ゴルフ部を作ることで、福利厚生で社内ゴルファーを囲い込むことも必要かもしれない


    上司Aの報告を聞き終えた役員は、思いだしたように言った。

    「そういうえば、この間、ゴルフ仲間と一緒に行ったセルフプレーのコースには、若いヤツが多かったね」

    「コースによっては、若い人のほうが多数派だというところも出てきているみたいですね」

    「若い女子だけでプレーしている組がいてさ。ちょっとビックリしたなぁ」

    「居酒屋で女子だけの女子会呑みが、話題になったのは、もうずいぶん前になりましたが、ゴルフコースにも、そういう流れがやっと届いたのかもしれません」

    上司Aは、そう話しながら嫌な予感がした。役員は、名案だといわんばかりに、勢い良く言った。

    「社内コンペでも、女子会枠を作れば良いじゃないか? 華やかだしさ。特別料金で安くして、その分を前後の組から徴収するってのはどうだ? これは、面白い!」

    上司Aは、強いて、返事をせずに、ニコリとするだけにした。

    報告から3時間後、役員からメールで以下のような要望と意見が届いた。

    ◆次の春のコンペについては、永久幹事をしている上司Aの先輩社員Hと情報交換して欲しい
    ◆ゴルフ部にかんしては、役員の誰かを名誉会長とかにすれば一気に進むかもしれない
    ◆開催コースの変更ついては、特に反対は出ないだろうが、本音ではセルフプレーは色々と問題がある
    ◆家族参加型のゴルフ大会にする案は、ハードルが高い
    ◆趣味のサークル単位の参加を促すための方法はもっと考えれば良い案が出そうな気がする
    ◆行事として考える案や手当を発生させる案は、過去にも何度が出ているが現在の規模では難しい
    ◆新しい幹事に仕切らせるという案は面白いので、緩いコンペ案を作らせてみてはどうか
    ◆女子会枠は名案だと思うので、実現して欲しい


    上司Aは、メール本文が映ったモニターを見ながら小さくため息をついた。文章に残こすことで、良くも悪くも、こちらの道しるべになった証拠になるというわけだ。

    「やはり、暗中模索なんだよなぁ……」

    思わずつぶやいた。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「職人の腕は、その道具を見ればわかり、ゴルファーは、そのクラブでわかる」
     (エドワード・レイ)


    エドワード・レイは。1912年の全英オープンと1920年の全米オープンに優勝した名手。1913年の全米オープンでは、ハリー・バードンとフランシス・ウィメットと3人でタイになり、翌日のプレーオフでウィメットの歴史的な優勝をした際の介添人としても有名である。

    この金言は、長身から放たれるロングドライブを武器としたレイの技術書“Inland Golf”(1913年)の中で使われた言葉である。

    当時のクラブは、大量生産になる直前で、職人が作ったクラブをゴルファーの好みで1本ずつチョイスしていた。金言の重さは、今よりも当時のほうが何倍も重かったのかもしれない。とはいっても、2020年の現在でも、ゴルファーはそのクラブでわかる、という部分は有効である。

    若いゴルファーが統計データでも、凄い勢いで増えていることは明白になってきた。彼らの特徴は色々とあるが、今までの若いゴルファーと明確に違う点は、何よりも先にウェアが一人前になることだ。形から入るというのは、昔から若者の行動の傾向ではあったが、ゴルフにおいては、先輩の指導などのせいで初級者がメーカーの最新のウェアでばっちりと決めているということなんてあり得ないことだった。クラブを振るところを見る前に、ウェアを見れば腕前がわかると言った時代は、過去のものになりつつある。

    例えば、安価なプレー代のコースでプレーしている若者たちがいたとする。今シーズンの売れ筋の最新モデルのゴルフウェアで、シューズも最新モデルだ。その日のプレー代の6倍から10倍はするものだ。今までであれば、ゴルフ歴5年ぐらいで、お金もあって、ゴルフに熱中もしている、と考える。

    さり気なくバックを見て驚く、10年以上前のクラブばかりが、アンバランスに詰め込まれているバッグがカートに積まれているのだ。明らかに中古ショップで、最低予算で揃えたものだとわかる。

    今までの常識が通じないことで、気味が悪い夢を見ているような気分になる。
    スタートしていく様子を見ると、練習不足の未熟なスイングで、空振りギリギリの酷いショットを順番に披露するし、指導者がいないことに驚かされる。でも、一様に笑顔で楽しそうなのだ。

    ネットで、迷惑をかけないゴルフ初心者の心得を読んで、身につけるのも早いので、おじさんたちの組よりもプレーは速かったりする。新しい時代のゴルフの担い手は、なかなか面白いのだ。

    もしかすると、クラブを見ることでゴルファーがわかるという部分にかんしては、現在のゴルファーへの予言だったのかもしれない。若者のクラブが、新品の最新のものになる頃には、彼らはかなり立派なゴルファーになっているはずだからだ。

    上司Aは、偶然だが、新しい大きな時代の変わり目でゴルファーを見つめ直している。今まで自分たちが信じていた常識が通じない世代が出てくることに抵抗はあっても、共存するしかないと諦めるだけの勢いが新しいゴルファーたちにはあるのだ。

    社内ゴルフの伝統を維持することを優先すれば、若い社員たちを社内ゴルフコンペに参加させることは難しいだろう。改革をしてまで、若いゴルファーを増やすことが必要かという疑問もあった。役員たちが望まないなら、上司Aの特命の意味はないのだ。

    社内ゴルフコンペを通して、企業としてゴルフというコミュニケーションツールを新しい時代に合わせて使い熟せるかどうかを上司Aは問われているような気がしていた。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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