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    episode 17 【レジェンド幹事に話を聞く】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2020年12月17日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    「流石だね。若い連中と、なにやらやっているという噂は聞いていたけれど、社内コンペ絡みとは、ご苦労様だね」
    社内ゴルフコンペの幹事を20年も務めている伝説のH幹事は笑顔で上司Aをねぎらった。

    上司Aは、H幹事とアポイントを取り、特命を受けたことと今までの経過を説明していたのだ。

    「実のところ、僕もね、2年ぐらい前に、同じことを言われたんだけど、結局、何もしなかったんだよ」
    H幹事はぶっちゃけて話してくれた。上司Aには初耳だった。

    「そもそも、社内コンペというのは……」
    H幹事は、基本的な部分を明確に説明し始めた。


    ◆H幹事が20年も幹事を続けているのは、単純に幹事が好きだからで、ゴルフよりも宴会が好き
    ◆社内ゴルフコンペは、会社の正式な行事ではなく、自分の知る限り一切の予算が付いたことはない
    ◆持ち回りの優勝カップは3代目で、現在のものは、前会長が社長になった年に寄贈されたもの
    ◆優勝カップの値段は、約25万円。派閥の主役が変わると変更になる可能性がある
    ◆今はこだわりが薄くなったが、20年前は社長派の結束を固めるニュアンスがあった
    ◆欠席する役員からポケットマネーで協力費が集まり、年間で40万円位になるので賞品が豪華になっている
    ◆ここ10年は5組から7組前後の開催だが、過去の記録を見ると30年前は25組で開催したこともある



    入社以来、上司Aも参加し続けているので、25組かどうかは定かではないにしろ、入社直後の社内コンペは、コース貸し切りのような凄い参加人数で、先頭の組でスタートすると表彰式まで2時間近く待たなければならないこともあったのを覚えていた。とはいえ、待っている間に0次会という宴会がスタートしていたので、前のほうでプレーする組の人選は、それを楽しめるような人たちが選ばれていて、当時の幹事の手腕に感心したものだった。

    社内コンペだけではなく、その頃のゴルフシーンでは、コースに着いたら、着替えもそこそこにレストランに行って、朝からビールを飲むのは当たり前で、夕方までには飲み切れるという算段で、有志が入れたボトルで、水割りを言われるままに作るのは新人の役割だった。集合時間の1時間前もコース到着はマナーだと言われていたが、こういう楽しみがあるので、誰も苦にしなかったように見えた。

    「あの頃は、酒を飲みに来ているのか、ゴルフをしに来ているのか、わからない人もたくさんいたね。面白い時代だった。社内コンペで、レストランへの支払合計が3桁になるのも珍しくなかったからね。今は滅多にないけど、当時は、お得意様や取引業者なんかの参加もあったんだよ」
    H幹事は懐かしそうに話した。

    「今は、表彰式もノンアルコールで、パーティー料理も乾き物だけで1人500円なんていう開催もあるからな」
    「コロナウィルスで、また、大きく変化するかもしれませんね」
    「秋は中止になったけど、春からは表彰式は帰宅してからリモートでするという案もあるんだよ」

    H幹事は、ため息交じりに言った。上司Aは、社内ゴルフコンペに若者を呼ぶとかいう以前に、大きな改革が必要な時期に来ていたのかもしれないと、話しながら考えていた。


    ◆現在、社内コンペに参加しているメンバーは、基本的にはゴルフ好きばかりだ
    ◆団体戦はハードルが高いと思うが、新しい試みをすることに反対はしないと思う
    ◆ゴルフ部が会社公認で活動できるのなら、社内コンペはその中の行事にするのが良い
    ◆欠席役員からの寄付などの慣習も優勝トロフィーの効果が続く限り引き継げると思う
    ◆大変かもしれないが、次回の春コンペからできるだけ新しい体制にするのが好ましい
    ◆競技志向のゴルファーを尊重する社風があるので、企業対抗への参加を匂わせればゴルフ部に追い風が吹く
    ◆個人的には、以前のように社外からの参加者も募れると理想的だと思う
    ◆どんな形にしても、全面的に協力する



    上司Aは、幹事Hが短時間で、情勢分析をして、ベターな選択を次々にすることに驚かされた。もっと社内コンペの伝統にこだわりがあると思っていたからだ。

    幹事Hは、若者の参加者を増やすという特命を利用して、社内ゴルフコンペそのものを改革してしまうことを提案してくれたのだ。むしろ、上司Aのほうが、社内ゴルフコンペの昭和から続く伝統を自分たちの手でリセットすることに戸惑いがあった。そこまでの変革をするという選択肢は、上司Aの頭の中にはなかったからだ。

    上司Aの混乱を見通したように幹事Hは、静かに言った。

    「流れが来ているときに、積極的に乗らないと、もったいないよ。僕はね、2年前から考えていたんだ。多くの社員がゴルフすることを面白がって、ゴルフを通して交流を深めるのが、社内コンペの本当の存在意義なんだよ」

    上司Aは、誰が起こしたのではなく、知らぬ間にできた巨大な流れの中に自分がいることを理解していた。ただ、今なら、素知らぬふりで、岸に捕まって、流れが通り過ぎるのを待つことも出来ることも知っていた。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「ゴルフでは“ボールを打て”ということ以上に絶対的なものはない」
     (サー・ウォルター・シンプソン)


    サー・ウォルター・シンプソンは、スコットランド最古のゴルフ倶楽部のオノラブル・カンパニー・オブ・エディンバラ・ゴルファーズの1887年度のキャプテンで、貴族出身ながら、博学で詩人でもあった人物である。

    ゴルフの指南書として、現在でも信仰者がいる“The Art of Golf”(1887年発行)の中で、ゴルフの神髄について書かれた一文が、この金言である。

    ちなみに、ゴルフは羊飼いが棒で石を打った遊びが起源だという説は、この“The Art of Golf”で、そんなお伽噺さえ想像してしまうほどにゴルフは魅力に溢れていると書かれている部分が一人歩きをしたものである。

    “ボールを打て”ということ以外を考えることはない、という金言は、この後、何人もの名手が著書に書いていたり、コメントしたりして、現在に至っている。

    スイング論を追求しても、最後の最後はボールを打つということの為に全てはあるわけで、クラブを追求しても、最後はボールを打つということを脱しない。ボールを打つことを蔑ろにすれば、ゴルフは壊滅的に崩れてしまうのである。

    上司Aは、この金言が大好きだった。40代の頃、ショートパットが打てなくなり、イップスになりかけたときにも、この金言に救われた。どんなに短いパットでも、芯にしっかりと当ててストロークしなければ、入るものも入らなくなってしまう。芯に当てることに集中することで、ショートパットは蘇った。他の全てのクラブも同じだ。ゴルフは、ボールを打つゲームなのだ。

    社内ゴルフコンペとは、一体何なのか? その本質から目をそらせて、特命を成功させようというのは、現実的ではないのだと、幹事Hに諭された気がした。若者に働きかけるよりも、ゴルフコンペそのものを改革することが大事なのだ。

    昭和の時代から続いてきた社内ゴルフコンペの歴史を途切れさせないためにも、小細工ではなく、時代に合わせた生まれ変わりが必要だ。

    幹事Hは、任せるとは言わなかった。自分も一緒に改革に協力すると言ってくれたのだ。迷っている時間がもったいない、と上司Aは、わかっていた。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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