episode 18 【ピンポンパンって何?】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2021年1月7日 06時00分
ゴルフ部を作るための打合せに何度か参加した上司Aは、感心した。
ときには大胆な、ときには緻密な意見が出て、それを具体的に実行するための方法が検討された。議論を尽くして、その日のテーマが終わると、誰からともなく「ゴルフしたいね」という話が出るのだ。
ごく自然に、ゴルフの約束が生まれる。それぞれに部署も違うし、立場も違うのに、ゴルフをただ好きな気持ちだけで、集まって、理解し合っているシーンは、出来の悪いおとぎ話のようで、非現実的だからこそ上司Aは感心したのだ。当然、自分も一緒にゴルフに行きたいと手を挙げた。
その日は、ゴルフ部準備室と勝手に命名していた仲間とのラウンドだった。初心者の社員Dと、名幹事で、ゴルフ部準備室のリーダーの1人である社員Eと、もう1人もゴルフ部準備室のメンバーと、上司Aの4人だ。
「ピンポンパンってニギリを知っていますか?」
社員Eに聞かれて、上司Aは、知っている、と答えた。
「噂には聞くんですけど、実際にやった経験がないんですが、初心者がいても面白いって聞いたので、もし良かったら、今日は、ピンポンパンを教えてくれませんか」
上司Aは、何度もやったことがあるが、最近は全くやっていなかった。他のメンバーの顔を見渡すと、興味はありそうな顔をしていた。上司Aは、ピンポンパンのルールの説明をし始めた。
◆ピンポンパンは、組内で競うゲームで、3つのシーンで1番のプレーヤーに残りの全員がポイントを払う
◆ピンは、そのホールで最初にグリーンに乗った人にポイント
◆ポンは、全員がグリーンに乗ったときに、最もホールに近い人にポイント
◆パンは、一番最初にカップインした人にポイント
◆遠方先打を優先するようにする
◆1ホールでピンポンパンを独占した場合は、別にご祝儀を決めるカータンルールもある
◆上手い人が有利だが、腕前に自信がなくとも運次第で楽しめるゲーム
ピンポンパンは最初のホールから盛り上がった。特に意識するまでもなく、普通にゴルフをしている中で、運次第という要素もあったからだ。1打目を失敗した社員Dが、2打目を最初に打って、トップしたショットが転がってグリーンに乗って、ピンのポイントを取ったり、1パット目を大きくショートした社員Eが、結果として次のパットを打つ順番が最初になって、それを入れてパンのポイントを取ったりした。
ピンポンパンの良いところは、ゲームを忘れて、自分のゴルフに集中できるところだ。冬になったゴルフコースは、寂しい光景だと嫌う人もいるが、上司Aは、鉛筆で書かれたデッサンみたいで好きだった。年の瀬なのに、ゴルフコースは満員御礼だった。ラウンドして、食事までセットで1万円を切るゴルフコースに来たのは、上司Aは初めてだった。
社員Dがよくプレーするコースというのことだったので、見聞を広める意味があると考えて来てみたが、安かろう悪かろうだと覚悟をしていたのに、コースのコンディションが良くて逆に驚いた。朝から、たくさんのゴルファーがいて、若い人が多めだと思ったが、誰もが楽しそうにしているのが印象的だった。
上司Aたちの組も、笑顔が絶えなかった。良いストロークに賛辞を贈るのは当たり前だが、ミスに対して、無言で同情するマナーを知った上で、本人が滑稽なことをするので、我慢できずに上司Aも笑ってしまったりした。こんなに笑いながらゴルフをしたことは、思い出せないぐらい昔だったような気がした。
「なんで、ピンポンパンって名称なんでしょうね?」
上司Aは、元々は、外国のおまじないのような名称だったのを日本流にアレンジしたという説を知っていた。その説を披露しようか、と思ったが、カートの中に一瞬の間があった。
「ピンポンパンって…… ククク」
言い出しっぺの社員Eが笑い出した。他の同伴者も笑い出した。
「確かに、誰が言い出したのかね。フフフ」
上司Aもつられて笑った。真夜中に、急に笑いのゾーンに入って、何が可笑しかったのか、わからないようなことで笑い合うことがあるが、そういう感じだった。うんちくなんて、どうでも良いと思った。
◆初心者の社員Dは、デビュー以降、隔週ペースでコースに出ていて、飛躍的に上達していた
◆ドライバーを飛ばす快感と同じぐらい良いスコアにも快感がある、と社員Dが言ったのには驚いた
◆社員Eと一緒にプレーするのは初めてだったが、想像していたよりも何倍も上手だった
◆ゴルフでは性格が出るが、社員Dはショートゲームが繊細で面白かった
◆社員Eは、狭いホールでは刻んだり、グリーンの傾斜によっては、ピンを狙わなかったりもした
◆上司Aはコースが短いホールが多かったこともあって、アウトもインも楽々30台でプレーした
◆ピンポンパンは、上司Aと社員Eが勝って、残りの2人が負けた
◆上司Aは、負けた2人にさり気なく勝った分を超える金額のお土産を買って渡した
帰りの車を運転しながら、上司Aは、未来のことを考えた。今日はグロスで勝てたが、近い将来、彼らに上司Aは勝てなくなるだろう。上司Aのゴルフは間違いなく10年前ぐらいがピークだった。体力の衰えは、毎年、感じていたし、実際に、数年前からクラブを軽く、飛距離が出るものに変更することで、平均スコアに衰えが影響しないように努力しているのだ。体力を用具で補うのには限界がある。その限界は、何十年も先ではなく、近い未来だ。
若さを羨ましいと、心から上司Aは思った。会社のゴルフ部が、彼らのゴルフを支える柱の一本になれば最高だとも思った。
そして、今のうちに、ハンディをたっぷり計上して、後々の自分がもらうときの布石にしよう、と考えて、1人で笑った。
ときには大胆な、ときには緻密な意見が出て、それを具体的に実行するための方法が検討された。議論を尽くして、その日のテーマが終わると、誰からともなく「ゴルフしたいね」という話が出るのだ。
ごく自然に、ゴルフの約束が生まれる。それぞれに部署も違うし、立場も違うのに、ゴルフをただ好きな気持ちだけで、集まって、理解し合っているシーンは、出来の悪いおとぎ話のようで、非現実的だからこそ上司Aは感心したのだ。当然、自分も一緒にゴルフに行きたいと手を挙げた。
その日は、ゴルフ部準備室と勝手に命名していた仲間とのラウンドだった。初心者の社員Dと、名幹事で、ゴルフ部準備室のリーダーの1人である社員Eと、もう1人もゴルフ部準備室のメンバーと、上司Aの4人だ。
「ピンポンパンってニギリを知っていますか?」
社員Eに聞かれて、上司Aは、知っている、と答えた。
「噂には聞くんですけど、実際にやった経験がないんですが、初心者がいても面白いって聞いたので、もし良かったら、今日は、ピンポンパンを教えてくれませんか」
上司Aは、何度もやったことがあるが、最近は全くやっていなかった。他のメンバーの顔を見渡すと、興味はありそうな顔をしていた。上司Aは、ピンポンパンのルールの説明をし始めた。
◆ピンポンパンは、組内で競うゲームで、3つのシーンで1番のプレーヤーに残りの全員がポイントを払う
◆ピンは、そのホールで最初にグリーンに乗った人にポイント
◆ポンは、全員がグリーンに乗ったときに、最もホールに近い人にポイント
◆パンは、一番最初にカップインした人にポイント
◆遠方先打を優先するようにする
◆1ホールでピンポンパンを独占した場合は、別にご祝儀を決めるカータンルールもある
◆上手い人が有利だが、腕前に自信がなくとも運次第で楽しめるゲーム
ピンポンパンは最初のホールから盛り上がった。特に意識するまでもなく、普通にゴルフをしている中で、運次第という要素もあったからだ。1打目を失敗した社員Dが、2打目を最初に打って、トップしたショットが転がってグリーンに乗って、ピンのポイントを取ったり、1パット目を大きくショートした社員Eが、結果として次のパットを打つ順番が最初になって、それを入れてパンのポイントを取ったりした。
ピンポンパンの良いところは、ゲームを忘れて、自分のゴルフに集中できるところだ。冬になったゴルフコースは、寂しい光景だと嫌う人もいるが、上司Aは、鉛筆で書かれたデッサンみたいで好きだった。年の瀬なのに、ゴルフコースは満員御礼だった。ラウンドして、食事までセットで1万円を切るゴルフコースに来たのは、上司Aは初めてだった。
社員Dがよくプレーするコースというのことだったので、見聞を広める意味があると考えて来てみたが、安かろう悪かろうだと覚悟をしていたのに、コースのコンディションが良くて逆に驚いた。朝から、たくさんのゴルファーがいて、若い人が多めだと思ったが、誰もが楽しそうにしているのが印象的だった。
上司Aたちの組も、笑顔が絶えなかった。良いストロークに賛辞を贈るのは当たり前だが、ミスに対して、無言で同情するマナーを知った上で、本人が滑稽なことをするので、我慢できずに上司Aも笑ってしまったりした。こんなに笑いながらゴルフをしたことは、思い出せないぐらい昔だったような気がした。
「なんで、ピンポンパンって名称なんでしょうね?」
上司Aは、元々は、外国のおまじないのような名称だったのを日本流にアレンジしたという説を知っていた。その説を披露しようか、と思ったが、カートの中に一瞬の間があった。
「ピンポンパンって…… ククク」
言い出しっぺの社員Eが笑い出した。他の同伴者も笑い出した。
「確かに、誰が言い出したのかね。フフフ」
上司Aもつられて笑った。真夜中に、急に笑いのゾーンに入って、何が可笑しかったのか、わからないようなことで笑い合うことがあるが、そういう感じだった。うんちくなんて、どうでも良いと思った。
◆初心者の社員Dは、デビュー以降、隔週ペースでコースに出ていて、飛躍的に上達していた
◆ドライバーを飛ばす快感と同じぐらい良いスコアにも快感がある、と社員Dが言ったのには驚いた
◆社員Eと一緒にプレーするのは初めてだったが、想像していたよりも何倍も上手だった
◆ゴルフでは性格が出るが、社員Dはショートゲームが繊細で面白かった
◆社員Eは、狭いホールでは刻んだり、グリーンの傾斜によっては、ピンを狙わなかったりもした
◆上司Aはコースが短いホールが多かったこともあって、アウトもインも楽々30台でプレーした
◆ピンポンパンは、上司Aと社員Eが勝って、残りの2人が負けた
◆上司Aは、負けた2人にさり気なく勝った分を超える金額のお土産を買って渡した
帰りの車を運転しながら、上司Aは、未来のことを考えた。今日はグロスで勝てたが、近い将来、彼らに上司Aは勝てなくなるだろう。上司Aのゴルフは間違いなく10年前ぐらいがピークだった。体力の衰えは、毎年、感じていたし、実際に、数年前からクラブを軽く、飛距離が出るものに変更することで、平均スコアに衰えが影響しないように努力しているのだ。体力を用具で補うのには限界がある。その限界は、何十年も先ではなく、近い未来だ。
若さを羨ましいと、心から上司Aは思った。会社のゴルフ部が、彼らのゴルフを支える柱の一本になれば最高だとも思った。
そして、今のうちに、ハンディをたっぷり計上して、後々の自分がもらうときの布石にしよう、と考えて、1人で笑った。
今回の金言
「幸いなるかな、ダッファーよ。君は誰よりも多く歩き、多く打つ」
(スコットランドの古いことわざ)
ゴルフはゲームであり、競技でもある。整数で結果が出るわかりやすさは、シビアで理不尽でもあるが、それがゴルフというゲームの根幹でもある。
コースが違えば、または、風などの自然環境の違いがあれば、スコアとしての数字は絶対のものではないとわかっているのに、ゴルファーは数字に囚われてしまうものだ。
また、ゴルフはすぐには上達しない。スコアの良さの裏側には、それなりの努力があるという前提があるものだから、スコアが良い上級者が偉い、という空気が生まれる。
上司Aは、そういうことを戒めるように努力しているつもりだが、実際には、上級者だから優位になる部分を完全に否定は出来ていない。
大叩きすることもゴルフなのである。社員Dのことを例に出すまでもなく、大叩きしてもゴルフは楽しいことも事実なのである。多くのゴルファーは、上手くいかないストロークに苦悩しながら、その先にある快感を求めてゴルフをしているのだ。その構造を考えるたびに、上司Aは、本気で初心者に戻れたらと夢想する……
少ない打数でプレーするのは、ゴルフのゲームとしての目的である。しかし、たくさん打つことができるダッファーは、目的からは遠ざかっても、打つという幸せをより堪能しているともいえる。何よりも、たくさん打つゴルフには、本人の絶望と同じだけの希望というのりしろがたくさんあることが素晴らしい、と思えてくるのだ。
社員Dだけではなく、社員Eも、もう1人の同伴者も、ゴルフを目一杯楽しんでいた。上司Aは、笑いながらプレーするゴルフを彼らから教えられたような気がしていた。
(スコットランドの古いことわざ)
ゴルフはゲームであり、競技でもある。整数で結果が出るわかりやすさは、シビアで理不尽でもあるが、それがゴルフというゲームの根幹でもある。
コースが違えば、または、風などの自然環境の違いがあれば、スコアとしての数字は絶対のものではないとわかっているのに、ゴルファーは数字に囚われてしまうものだ。
また、ゴルフはすぐには上達しない。スコアの良さの裏側には、それなりの努力があるという前提があるものだから、スコアが良い上級者が偉い、という空気が生まれる。
上司Aは、そういうことを戒めるように努力しているつもりだが、実際には、上級者だから優位になる部分を完全に否定は出来ていない。
大叩きすることもゴルフなのである。社員Dのことを例に出すまでもなく、大叩きしてもゴルフは楽しいことも事実なのである。多くのゴルファーは、上手くいかないストロークに苦悩しながら、その先にある快感を求めてゴルフをしているのだ。その構造を考えるたびに、上司Aは、本気で初心者に戻れたらと夢想する……
少ない打数でプレーするのは、ゴルフのゲームとしての目的である。しかし、たくさん打つことができるダッファーは、目的からは遠ざかっても、打つという幸せをより堪能しているともいえる。何よりも、たくさん打つゴルフには、本人の絶望と同じだけの希望というのりしろがたくさんあることが素晴らしい、と思えてくるのだ。
社員Dだけではなく、社員Eも、もう1人の同伴者も、ゴルフを目一杯楽しんでいた。上司Aは、笑いながらプレーするゴルフを彼らから教えられたような気がしていた。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。