episode 19 【ゴルフルールの心】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2021年1月21日 06時00分
特命とは関係がない常務Iから上司Aは呼び出された。
「最近、若手の社員と一緒になって、公式にゴルフ部を発足させようと、あちこちでネゴしているらしいね」
常務Iの意図がわからず、上司Aは様子をうかがうように、はい、と返事をした。彼はゴルフ好きの役員の1人であるが、社内ゴルフコンペには数年に1回出る程度だった。会長社長派閥ではないことと、少し変わり者なところが、ゴルフにも滲み出てしまって、空気が読めないシーンがあり、同伴者に疎まれるからだと一緒の組になったことがある上司Aは分析していた。
「それは良いことだと思っていて、応援したいところなのだけれどね。ちょっと、聞きたいことがあって、業務とは無関係は百も承知で、ちょうど良いと思って、来てもらったんだ」
常務Iは、主流派閥ではない中ではトップの役付取締役で、猪突猛進型で実績を残してきた男である。上司Aは、その実力は認めていた。どうやら無理を言うために呼び出されたのではない、と上司Aは少し肩の力を抜いた。
常務Iと上司Aの話は続いた。
◆2019年のルール変更について、常務Iも含めて不勉強な社員が目立つ
◆ゴルフ部創部のイベントとして、その辺りの勉強会を実施して徹底するという提案
◆若手社員には役員のパワーバランスなど無関係だろうから、常務Iが一部員として参加しても良い
◆上司Aとしては、体育会のような部ではなく、親睦最優先のサークルをイメージしていると説明
◆常務Iが一部員として参加したいという心意気は個人的にも大賛成
◆ルールの勉強については、クイズイベントや資格制度みたいなものの提案がある程度だと説明
◆上司Aとしても、ルールは個別で勉強するものだと考えていると説明
「まあ、君はそう言うかなぁ、とは思ったよ」
常務Iは、ニコニコしながら話し続けた。
「ただね、実際問題、ゴルフルールを学べる場がない。本を買って、読んでみても、イマイチ、ピンとこなくて、右から左へ頭を通り越して出て行ってしまうんだよ。困ったね」
上司Aは、少し意外だった。常務Iのゴルフ好きは社内では有名だったが、謙虚で思慮深いというイメージではなかったからだ。
「すみません。本音を隠さずに話しても良いでしょうか?」
上司Aは、探りを入れる意味も含めて、もう少し突っ込んだ話を常務Iとすることにした。
◆一緒に何度かプレーしたときに、ちょっと変な空気になったことを確認すると常務Iは認めた
◆いずれも、同伴者にルール違反やマナー違反があって、ムッとする態度に出たと常務Iは説明
◆ゴルフが好きなので、仕事であれば我慢はするけれど、プライベートだとキレてしまうことがある
◆常務Iはくそ真面目なタイプなのだと上司Aは認定
◆確かに、社内コンペでは、昔からルール違反には寛大な風潮がある
◆上司Aは、ルール違反やマナー違反をスルーすることに慣れていることを自覚した
◆常務Iは、そういう悪習を断ち切るチャンスがゴルフ部にあるように感じている
◆常務Iの提案と期待に、上司Aは応えたいと考え始めていた
上司Aは、特命のことは話さないことにした。現在の状況は、特命をベースにしていたといえ、それを越えて広がりつつある。ゴルフだけを考えると、ダブルスタンダードで進めたほうが有効だと考えたのだ。常務Iの真面目さは、ゴルフ部のメンバーたちと相性が良いような気もするし、特命は、社内ゴルフコンペに若い写真を出席させればクリアなので、ゴルファーとしての自らの信念を貫く機会が社内であるとは思っていなかっただけに、自分のモチベーションも上がるはずだ。
ゴルフ規則については、若い社員ゴルファーも常務Iのように勉強したいと考えているケースもあるかもしれない。自分で勉強するものだと突き放すのは、上司Aの真面目な部分が悪い形で出ている可能性があると少し反省しつつ、ゴルフ部準備の話し合いで、報告して、相談もしてみようと決めた。
上司Aは、自然な流れで、常務Iとゴルフに行く約束をして、役員室を退出した。
「最近、若手の社員と一緒になって、公式にゴルフ部を発足させようと、あちこちでネゴしているらしいね」
常務Iの意図がわからず、上司Aは様子をうかがうように、はい、と返事をした。彼はゴルフ好きの役員の1人であるが、社内ゴルフコンペには数年に1回出る程度だった。会長社長派閥ではないことと、少し変わり者なところが、ゴルフにも滲み出てしまって、空気が読めないシーンがあり、同伴者に疎まれるからだと一緒の組になったことがある上司Aは分析していた。
「それは良いことだと思っていて、応援したいところなのだけれどね。ちょっと、聞きたいことがあって、業務とは無関係は百も承知で、ちょうど良いと思って、来てもらったんだ」
常務Iは、主流派閥ではない中ではトップの役付取締役で、猪突猛進型で実績を残してきた男である。上司Aは、その実力は認めていた。どうやら無理を言うために呼び出されたのではない、と上司Aは少し肩の力を抜いた。
常務Iと上司Aの話は続いた。
◆2019年のルール変更について、常務Iも含めて不勉強な社員が目立つ
◆ゴルフ部創部のイベントとして、その辺りの勉強会を実施して徹底するという提案
◆若手社員には役員のパワーバランスなど無関係だろうから、常務Iが一部員として参加しても良い
◆上司Aとしては、体育会のような部ではなく、親睦最優先のサークルをイメージしていると説明
◆常務Iが一部員として参加したいという心意気は個人的にも大賛成
◆ルールの勉強については、クイズイベントや資格制度みたいなものの提案がある程度だと説明
◆上司Aとしても、ルールは個別で勉強するものだと考えていると説明
「まあ、君はそう言うかなぁ、とは思ったよ」
常務Iは、ニコニコしながら話し続けた。
「ただね、実際問題、ゴルフルールを学べる場がない。本を買って、読んでみても、イマイチ、ピンとこなくて、右から左へ頭を通り越して出て行ってしまうんだよ。困ったね」
上司Aは、少し意外だった。常務Iのゴルフ好きは社内では有名だったが、謙虚で思慮深いというイメージではなかったからだ。
「すみません。本音を隠さずに話しても良いでしょうか?」
上司Aは、探りを入れる意味も含めて、もう少し突っ込んだ話を常務Iとすることにした。
◆一緒に何度かプレーしたときに、ちょっと変な空気になったことを確認すると常務Iは認めた
◆いずれも、同伴者にルール違反やマナー違反があって、ムッとする態度に出たと常務Iは説明
◆ゴルフが好きなので、仕事であれば我慢はするけれど、プライベートだとキレてしまうことがある
◆常務Iはくそ真面目なタイプなのだと上司Aは認定
◆確かに、社内コンペでは、昔からルール違反には寛大な風潮がある
◆上司Aは、ルール違反やマナー違反をスルーすることに慣れていることを自覚した
◆常務Iは、そういう悪習を断ち切るチャンスがゴルフ部にあるように感じている
◆常務Iの提案と期待に、上司Aは応えたいと考え始めていた
上司Aは、特命のことは話さないことにした。現在の状況は、特命をベースにしていたといえ、それを越えて広がりつつある。ゴルフだけを考えると、ダブルスタンダードで進めたほうが有効だと考えたのだ。常務Iの真面目さは、ゴルフ部のメンバーたちと相性が良いような気もするし、特命は、社内ゴルフコンペに若い写真を出席させればクリアなので、ゴルファーとしての自らの信念を貫く機会が社内であるとは思っていなかっただけに、自分のモチベーションも上がるはずだ。
ゴルフ規則については、若い社員ゴルファーも常務Iのように勉強したいと考えているケースもあるかもしれない。自分で勉強するものだと突き放すのは、上司Aの真面目な部分が悪い形で出ている可能性があると少し反省しつつ、ゴルフ部準備の話し合いで、報告して、相談もしてみようと決めた。
上司Aは、自然な流れで、常務Iとゴルフに行く約束をして、役員室を退出した。
今回の金言
「ゴルフにレフェリーはいない」
(ホラス・ハッチンソン)
ホラス・ハッチンソンは、1886年と1987年の全英アマチャンピオンで、著名なゴルフ評論家でもあった。この金言は、“Aspects of Golf”(1900年)という著書に書かれていた一文である。「プレーヤーは自らがレフェリーであり、全ての問題を裁定して、処理して、責任をとらなければならないのだ」というように続いている。
大きなトーナメントでは、ルーラーという特別なレフェリーが付くことがあるが、それは例外中の例外であって、正当なゴルフでは、プレーヤーがレフェリーなのである。これは、ゴルフが誇る素晴らしい特性なのだ。
例えば、構えたときにボールがほんの少し動いてしまった場合、本人が申告しない限り、同伴者にはわからない。現在のルールでは、偶発的に動いてしまった場合には、無罰で元に戻してから打つのが正しい処置であるが、2018年までは罰則がついた。ゴルフ史には、誰も気が付かなかったのに、ボールが動いたことをその場で申告して、ペナルティーを受け入れたという名プレーヤーたちの話がたくさんある。
球聖ボビー・ジョーンズには、有名な逸話がある。誰もわからなかった違反を自らで申告し、その罰打が響いて優勝を逃したときに、それを美談にしたメディアに向かって言ったコメントが粋だったのだ。
「どうして、泥棒をしないことを褒めるのか? 僕のしたことは、当たり前のことなのだよ」
常務Iのように考えている日本人ゴルファーは、実は多いのではないかと上司Aは考えている。本当はちゃんとルールを知りたいのに、勉強する機会がない、と。
厳しく言えば、そんなことは言い訳にすぎない。スイングのことや、用具のことを調べる時間の何割かをルールの勉強に充てれば、解決するだけのことだ。
赤信号、みんなで渡れば怖くない、と一世を風靡したコメディアンは茶化したが、ルールについては、そういう状態になっていることが多い。常務Iは、人任せにしようとしているから、ダラダラと解決しないと反省をしていたようだが、気が付いたときが吉日だと考えて、少しずつ学ぶようにすれば、思っていたよりも何倍も簡単に、最低限プレーするのに困らないルールの知識は身につくのである。
レフェリーとして自信があるゴルフは、たぶん、そうでないゴルフと見える色や形が変わると思う。書くまでもなく、それこそが本当のゴルフなのである。
(ホラス・ハッチンソン)
ホラス・ハッチンソンは、1886年と1987年の全英アマチャンピオンで、著名なゴルフ評論家でもあった。この金言は、“Aspects of Golf”(1900年)という著書に書かれていた一文である。「プレーヤーは自らがレフェリーであり、全ての問題を裁定して、処理して、責任をとらなければならないのだ」というように続いている。
大きなトーナメントでは、ルーラーという特別なレフェリーが付くことがあるが、それは例外中の例外であって、正当なゴルフでは、プレーヤーがレフェリーなのである。これは、ゴルフが誇る素晴らしい特性なのだ。
例えば、構えたときにボールがほんの少し動いてしまった場合、本人が申告しない限り、同伴者にはわからない。現在のルールでは、偶発的に動いてしまった場合には、無罰で元に戻してから打つのが正しい処置であるが、2018年までは罰則がついた。ゴルフ史には、誰も気が付かなかったのに、ボールが動いたことをその場で申告して、ペナルティーを受け入れたという名プレーヤーたちの話がたくさんある。
球聖ボビー・ジョーンズには、有名な逸話がある。誰もわからなかった違反を自らで申告し、その罰打が響いて優勝を逃したときに、それを美談にしたメディアに向かって言ったコメントが粋だったのだ。
「どうして、泥棒をしないことを褒めるのか? 僕のしたことは、当たり前のことなのだよ」
常務Iのように考えている日本人ゴルファーは、実は多いのではないかと上司Aは考えている。本当はちゃんとルールを知りたいのに、勉強する機会がない、と。
厳しく言えば、そんなことは言い訳にすぎない。スイングのことや、用具のことを調べる時間の何割かをルールの勉強に充てれば、解決するだけのことだ。
赤信号、みんなで渡れば怖くない、と一世を風靡したコメディアンは茶化したが、ルールについては、そういう状態になっていることが多い。常務Iは、人任せにしようとしているから、ダラダラと解決しないと反省をしていたようだが、気が付いたときが吉日だと考えて、少しずつ学ぶようにすれば、思っていたよりも何倍も簡単に、最低限プレーするのに困らないルールの知識は身につくのである。
レフェリーとして自信があるゴルフは、たぶん、そうでないゴルフと見える色や形が変わると思う。書くまでもなく、それこそが本当のゴルフなのである。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。