episode 21 【ティは賢く使うのが正解】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2021年2月18日 06時00分
その日、最低気温は氷点下だった。
上司Aは、女子社員Cと契約社員Fの3人でラウンドをしていた。
女子社員Cと契約社員Fは、上司Aが軽装で寒そうだとからかった。二人の女子は、モコモコしたベストや同じくモコモコしたレッグウォーマーという感じで、暖かそうではあった。
「意外に寒くはないんだよ。発熱する下着とかシャツが機能してくれれば、あとは、ウールのベストに薄手のウィンドブレーカーで十分。ズボン、いや、パンツか。パンツも、風を通さない素材のものだからね。胴体を冷やさないようにすることが一番。指先はポケットに小さな使い捨てカイロが入っているので、それで暖めるから」
と上司Aは説明した。
「そうなんですか? 確かに、わたしは寒くないけど、スイングしづらいなぁ」
と女子社員Cは納得していた。
「わたしは、まだまだなのでわからないですけど、ゴルフコースでしか出来ないスタイルのウェアを着れるのは、けっこう気に入っています。この間は、練習場に、この格好で言ったら、同行した父に『みんなが見るからやめてくれ』と帰りに言われてしまいましたけど」
契約社員Fは笑いながら、戯けたポーズを取った。
上司Aは、一昔前なら考えられなかった時代の中でゴルフをしていることを再確認する思いだった。スイングを最優先するのも正解。防寒を最優先するのも正解。ファッションを楽しむことを最優先するのも正解。それらに順位などなく、ゴルファーが個別に信じた服装を選べば良いのである。
女子二人は、遠くから見たら、モコモコのステージ衣装を着たアイドルみたいに見えるのかもしれない。さしづめ、自分は裏方の大道具のスタッフのような服装だと、上司Aは苦笑いをした。
ゴルフのほうは、女子社員Cもゴルフを始めて以来、最も密度が濃いスパンでゴルフをしている、ということを証明するように、調子がイマイチと良いながら良いスコアでプレーしていた。契約社員Fも、120切るのが目標だと話していたが、上手くいけば120どころか、100に近いスコアでプレーできそうなぐらいに上達していた。
ゴルフ仲間も増えてきたという話を聞きながら、上司Aは、僕の出番は、もうすぐなくなりそうだね、と話した。すると、二人同時に「それはダメです。逃がしませんよ」と言ったのだった。彼女たちの話は興味深かった。
◆女子二人だけでプレーするのは、憧れはあるがまだまだ先
◆上司Aは、素振りもしないで打つのでプレーが早く、存在を消せる名人なので二人で回る練習になる
◆上手い人が一緒だと、後ろの組とかに意地悪をされたりしないから安心する
◆上司Aは二人にとって師匠なので、まだまだ教えてもらうことが一杯あるに違いない
◆変なところに飛んでいったときに、ボールを見つけるのが早く正確だから助かる
◆グリーンでのライン読みがキャディさんより上手いので、もっと教えて欲しい
◆ゴルフコースでなければ相談できないこともあるから
今風に言えば、少しディスられているような気もしたが、基本的には上司Aはおだてられているような気分になって、恥ずかしくなった。
やはりそうか、と思ったのは、女子同士でプレーすると意地悪をされるという悲しい現実だった。残念なことに「女のくせに」というマイナスの感情を隠せない男性は、まだまだたくさんいる。大人になりきれない未熟を晒す情けない「おとこのくせに」には、本当にウンザリする。
上司Aは、他にも女子ならでは悩みとはないのか? と質問をすると、二人は、見つめ合いながら話し出した。
「赤ティって、使わないほうが気遣いになるんですか?」
「赤ティって、卒業のタイミングとかあるんですかね」
◆特に女子社員Cは90を切ることもあるので、赤ティを使うな、と言われる
◆宮里藍プロは幼い頃、兄と同じティでプレーしたい、とごねたらパープレーで回れたと教えられた
◆基本的には、条件が許せば上手い下手にかかわらず、女子は赤ティで良いと思う
◆男子でもバックティからプレーして、スコアが悪いことの言い訳にしている傾向があって恥ずかしい
◆どのティからプレーしてもゴルフの楽しさは変わらない
◆あのニクラウスは、グリーンを狙うショットが同じ番手になるティが理想だと言っている
◆上司Aも一人でも難しいと想定したらバックティではなく、白ティを使うように主張している
◆師匠にベストスコア更新まで赤ティ厳守と言われていると説明すれば良い
赤ティから卒業するという発想はなかったので、上司Aは面白いなぁ、と感心したが、女子ゴルファーにとって『ティー問題』というのは、無視できない深刻な問題のようだった。思うままに、アドバイスしながら、男性でも『バックティ馬鹿』と裏で笑われている下手くそなのにバックティを使いたがる恥知らずがいることを意識した。
「前のティだから良いスコアなんだ」と言える人が、上司Aは信用しないことにしている。可能なら、どうぞ、前のティーからスコアアップすることを証明してください、と見守りたいぐらいだ。相当な腕前にならないと、コースの総距離がスコアに明確に出ることはない。長いコースはスコアが悪くなるが、短くなることで同じように良くはならないというのが真相だ。
女子二人は、相談して良かったです、と上機嫌でゴルフを楽しんでいた。モコモコのウェアには、女子ならではの悩みがもっと詰まっているのかもしれない、と上司Aは考えた。
上司Aは、女子社員Cと契約社員Fの3人でラウンドをしていた。
女子社員Cと契約社員Fは、上司Aが軽装で寒そうだとからかった。二人の女子は、モコモコしたベストや同じくモコモコしたレッグウォーマーという感じで、暖かそうではあった。
「意外に寒くはないんだよ。発熱する下着とかシャツが機能してくれれば、あとは、ウールのベストに薄手のウィンドブレーカーで十分。ズボン、いや、パンツか。パンツも、風を通さない素材のものだからね。胴体を冷やさないようにすることが一番。指先はポケットに小さな使い捨てカイロが入っているので、それで暖めるから」
と上司Aは説明した。
「そうなんですか? 確かに、わたしは寒くないけど、スイングしづらいなぁ」
と女子社員Cは納得していた。
「わたしは、まだまだなのでわからないですけど、ゴルフコースでしか出来ないスタイルのウェアを着れるのは、けっこう気に入っています。この間は、練習場に、この格好で言ったら、同行した父に『みんなが見るからやめてくれ』と帰りに言われてしまいましたけど」
契約社員Fは笑いながら、戯けたポーズを取った。
上司Aは、一昔前なら考えられなかった時代の中でゴルフをしていることを再確認する思いだった。スイングを最優先するのも正解。防寒を最優先するのも正解。ファッションを楽しむことを最優先するのも正解。それらに順位などなく、ゴルファーが個別に信じた服装を選べば良いのである。
女子二人は、遠くから見たら、モコモコのステージ衣装を着たアイドルみたいに見えるのかもしれない。さしづめ、自分は裏方の大道具のスタッフのような服装だと、上司Aは苦笑いをした。
ゴルフのほうは、女子社員Cもゴルフを始めて以来、最も密度が濃いスパンでゴルフをしている、ということを証明するように、調子がイマイチと良いながら良いスコアでプレーしていた。契約社員Fも、120切るのが目標だと話していたが、上手くいけば120どころか、100に近いスコアでプレーできそうなぐらいに上達していた。
ゴルフ仲間も増えてきたという話を聞きながら、上司Aは、僕の出番は、もうすぐなくなりそうだね、と話した。すると、二人同時に「それはダメです。逃がしませんよ」と言ったのだった。彼女たちの話は興味深かった。
◆女子二人だけでプレーするのは、憧れはあるがまだまだ先
◆上司Aは、素振りもしないで打つのでプレーが早く、存在を消せる名人なので二人で回る練習になる
◆上手い人が一緒だと、後ろの組とかに意地悪をされたりしないから安心する
◆上司Aは二人にとって師匠なので、まだまだ教えてもらうことが一杯あるに違いない
◆変なところに飛んでいったときに、ボールを見つけるのが早く正確だから助かる
◆グリーンでのライン読みがキャディさんより上手いので、もっと教えて欲しい
◆ゴルフコースでなければ相談できないこともあるから
今風に言えば、少しディスられているような気もしたが、基本的には上司Aはおだてられているような気分になって、恥ずかしくなった。
やはりそうか、と思ったのは、女子同士でプレーすると意地悪をされるという悲しい現実だった。残念なことに「女のくせに」というマイナスの感情を隠せない男性は、まだまだたくさんいる。大人になりきれない未熟を晒す情けない「おとこのくせに」には、本当にウンザリする。
上司Aは、他にも女子ならでは悩みとはないのか? と質問をすると、二人は、見つめ合いながら話し出した。
「赤ティって、使わないほうが気遣いになるんですか?」
「赤ティって、卒業のタイミングとかあるんですかね」
◆特に女子社員Cは90を切ることもあるので、赤ティを使うな、と言われる
◆宮里藍プロは幼い頃、兄と同じティでプレーしたい、とごねたらパープレーで回れたと教えられた
◆基本的には、条件が許せば上手い下手にかかわらず、女子は赤ティで良いと思う
◆男子でもバックティからプレーして、スコアが悪いことの言い訳にしている傾向があって恥ずかしい
◆どのティからプレーしてもゴルフの楽しさは変わらない
◆あのニクラウスは、グリーンを狙うショットが同じ番手になるティが理想だと言っている
◆上司Aも一人でも難しいと想定したらバックティではなく、白ティを使うように主張している
◆師匠にベストスコア更新まで赤ティ厳守と言われていると説明すれば良い
赤ティから卒業するという発想はなかったので、上司Aは面白いなぁ、と感心したが、女子ゴルファーにとって『ティー問題』というのは、無視できない深刻な問題のようだった。思うままに、アドバイスしながら、男性でも『バックティ馬鹿』と裏で笑われている下手くそなのにバックティを使いたがる恥知らずがいることを意識した。
「前のティだから良いスコアなんだ」と言える人が、上司Aは信用しないことにしている。可能なら、どうぞ、前のティーからスコアアップすることを証明してください、と見守りたいぐらいだ。相当な腕前にならないと、コースの総距離がスコアに明確に出ることはない。長いコースはスコアが悪くなるが、短くなることで同じように良くはならないというのが真相だ。
女子二人は、相談して良かったです、と上機嫌でゴルフを楽しんでいた。モコモコのウェアには、女子ならではの悩みがもっと詰まっているのかもしれない、と上司Aは考えた。
今回の金言
「それは初めて100を切った日だ」
(リューイス・ブラウン)
リューイス・ブラウンは、1920年代に、アメリカの「ゴルフ・イラストレーテッド」の主筆だった人。この金言には前置きがある。
「人生には誰でも四つの記念すべき日がある。1は誕生日。2は婚約した日。3は結婚した日。4は死亡した日。しかし、ゴルファーにはもう一つ、加える日がある……」
聖地セントアンドリュースの記録を辿ると、18ホールになってから100を最初に切ったのは、1767年で、ジェームズ・ダーラムの94だという。ちなみに、このスコアはこの後、86年間もの長きにわたってコースレコードだった。
スコットランドの墓場を見ると、自分のお墓に100を切った日を彫っているケースがあるそうだ。まさに記念日である。ゴルフをしている人の内で、生涯に100を切ることができる人は2割程度だという統計があるが、古今東西、ゴルフは簡単ではないのである。
上司Aは、もう何年も100を打っていないというゴルファーがギリギリ、できれば平均スコアが80台の前半ぐらいのゴルファーだけでプレーするときだけ、希望すればバックティを使うのが許されると、自分の中でルール化している。
設計する際に、未熟なゴルファーが使う前提になっていないので、バックティを使うことで危険なシーンが増す可能性があるからだ。大叩きすれば、スロープレーになることも多いので、そういう意味でも、バックティだから許されるなんて甘えは許されない、とも考える。
見栄や、大叩きしても自分を納得させられるエクスキューズにするためにバックティを使う風潮は、平成の時代に広まったものだ。昭和の時代は、バックティーの使用が許可されるのは、かなり特別なことだった。バックティでプレーしたことがないゴルファーのほうが多かったはずだ。
上司Aは、自分を追い抜いていくように変わっていくゴルフシーンを面白いと思うし、容認しているが、バックティが神聖な場所でなくなっていく侮辱だけは、昔に戻せないかと、密かに思うことがある。
使用するティもゴルフにおいて多弁であることを自覚しなければ、尊敬されるゴルファーにはなれはしない。自らが進んで、単なる馬鹿で迷惑なゴルファーになることだけは避けたいと上司Aは思うのだった。
(リューイス・ブラウン)
リューイス・ブラウンは、1920年代に、アメリカの「ゴルフ・イラストレーテッド」の主筆だった人。この金言には前置きがある。
「人生には誰でも四つの記念すべき日がある。1は誕生日。2は婚約した日。3は結婚した日。4は死亡した日。しかし、ゴルファーにはもう一つ、加える日がある……」
聖地セントアンドリュースの記録を辿ると、18ホールになってから100を最初に切ったのは、1767年で、ジェームズ・ダーラムの94だという。ちなみに、このスコアはこの後、86年間もの長きにわたってコースレコードだった。
スコットランドの墓場を見ると、自分のお墓に100を切った日を彫っているケースがあるそうだ。まさに記念日である。ゴルフをしている人の内で、生涯に100を切ることができる人は2割程度だという統計があるが、古今東西、ゴルフは簡単ではないのである。
上司Aは、もう何年も100を打っていないというゴルファーがギリギリ、できれば平均スコアが80台の前半ぐらいのゴルファーだけでプレーするときだけ、希望すればバックティを使うのが許されると、自分の中でルール化している。
設計する際に、未熟なゴルファーが使う前提になっていないので、バックティを使うことで危険なシーンが増す可能性があるからだ。大叩きすれば、スロープレーになることも多いので、そういう意味でも、バックティだから許されるなんて甘えは許されない、とも考える。
見栄や、大叩きしても自分を納得させられるエクスキューズにするためにバックティを使う風潮は、平成の時代に広まったものだ。昭和の時代は、バックティーの使用が許可されるのは、かなり特別なことだった。バックティでプレーしたことがないゴルファーのほうが多かったはずだ。
上司Aは、自分を追い抜いていくように変わっていくゴルフシーンを面白いと思うし、容認しているが、バックティが神聖な場所でなくなっていく侮辱だけは、昔に戻せないかと、密かに思うことがある。
使用するティもゴルフにおいて多弁であることを自覚しなければ、尊敬されるゴルファーにはなれはしない。自らが進んで、単なる馬鹿で迷惑なゴルファーになることだけは避けたいと上司Aは思うのだった。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。