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    episode 22 【ゴルフコンペの始まり】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2021年3月4日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    「5月の3週目の土曜日ということで、社長以下、役員には了解を得ています」
    社内コンペの代表幹事の社員Hは言った。上司Aと最後のゴルフ部採用の社員Bと社内30代ゴルフサークルのリーダー社員Eが、それを聞いてうなずいた。秘密というわけではないが、変なふうに噂が流れて、余計な横やりが入らないようにと、念を入れて会議室を使っていた。

    5月の3週目に春の社内ゴルフコンペというのは、10年以上続いている社内の慣習だった。2020年はコロナ禍で中止し、秋のコンペも同様だったために、2021年は絶対に開催しようという一部の役員の強い意向もあったという。

    社員Bは言った。
    「問題は、開催コースですか?」
    慣例で、春の社内コンペの会場は、長らく社長のメンバーコースとなっていたが、若い社員たちの負担を考慮して、安いプレー代のコースにしたいというのが、特命チームの総意になっていた。

    社員Eは、少し残念そうに続けた。
    「競技方法は、普通のストローク戦ですよね?」
    若い社員は、普通のストローク戦ではなく、スクランブルなどの団体戦を求める社員たちが一定数いる。将来的には考えても良いと上司Aは考えていたが、変化を受け入れるのが難しい中高年以上の参加者の賛同を得るのは大変だということも想像はしていた。

    上司Aは、4人のメンバーを見渡しながら考えていた。問題は、一見、山積みであるが、始まってしまったのである。社内コンペに若い社員をもっと参加させるという特命をクリアするだけであれば、もう成功は約束されたようなものだという自信があった。ただ、特命をきっかけにして、新しくできたゴルフ仲間のことを考えると、できるだけ多くの仲間が納得するような形にしなければダメだとも、強く思っていた。

    社員Hは、根回しをしてきた、という説明を始めた。


    ◆開催コースを変えたいということにかんしては、特に問題なく承諾が得られそうだ
    ◆キャディ付きは譲れない、という役員が数名いるのがネック
    ◆5月も感染対策が不可欠なので、1組4人ではなく、最大3人にする
    ◆競技方法については、スクランブルなども提案もしているが理解が追いつかない
    ◆ただ、若い社員と交流するというアプローチを面白がる傾向はあった
    ◆女子社員がスクランブルの案内役になってくれれば面白いとコンプラ的にヤバい案も
    ◆役員たちもゴルフにかんしては挑戦に積極的だとわかった



    「キャディの問題は、たぶん、説得できます。それよりも、問題は、参加人数です」
    幹事の社員Hは、他の3人を見渡した。

    過去5開催の募集組数は6組で、3開催は6組、2開催は5組開催という少数精鋭的な開催だった、と説明されて、
    「この2倍は集まるような気がしますけど」
    と社員Eは首を傾げた。

    「社内コンペの実態は、実質的には社長を囲む会になっていたからね」
    上司Aが話すと、
    「僕も、1組3人という点を考えても、最低でも10組ぐらいは集められそうだ、という感触です。社内コンペが二桁の組数になるのは15年振りです」
    と社員Hがまとめた。

    「その規模の社内コンペを開催可能なゴルフコースは、あるのかい?」
    社員Bが心配そうに話すと、30代のサークルで大人数を仕切っている社員Eが答えた。
    「◆◆GC、○○CC、△△の3コースは、今、話しながら担当者とメッセしましたけど、アウトインで7組ずつの14組なら仮押さえできそうですね」

    「確か、社長と専務はアウトインに別れてコンペをすると、ニアピン、ドラコンが分かれるし、イマイチ、面白くないという発言を、昔していますよね」
    上司Aは、急に思いだして発言した。ワンウェイのスタートじゃないとダメだと言っている社長の姿に記憶があった。

    「その通りです。そこは、大人数になったときの最大のネックになります。仮に14組だとしたら、一列なら最小でも先頭の組がスタートして、最終組のスタートまで1時間半あります。これは、待ち時間としての限度を超えています。社内コンペの参加者が減っていった最大の理由は、個人的にはワンウェイのスタートにこだわったからだと思っています」

    会議室内に、冷たい空気が流れた。順調すぎた流れが、いきなりの急ブレーキで止まるどころか、逆流するような危機感を感じさせた。

    「そこで、Eくんとも相談して、ちょっと考えたんです」
    と社員Hは言い出した。


    ◆組み合わせは前日までに、社内メールで送って、朝の集合はせずに、それぞれのスタート時間に合わせる
    ◆受付だけはスタート45分前から最終組スタート30分前まで設置し、受付業務を行う
    ◆ワンウェイでスタートする
    ◆幹事は、先頭の組と、最終組に入り、アトラクションの旗などを回収する
    ◆終了後、キャディマスター室に各組がスコア提出して、それぞれ帰宅する
    ◆スコアは幹事が集計する
    ◆成績発表とパーティーは、コミュニケーションルームにて後日の夕方行う
    ◆この方法なら社長以下、全ての役員を説得できると思う



    自然と拍手が起きた。3人に続いて、社員Hも一緒に拍手をした。
    「とりあえず、10組で仮押さえをしましょう」
    社員Hは言った。
    「コースは、△△が一番良いかもしれませんね。都内から1時間少しで着くし、プレー代も食事を入れて1万円前後で交渉可能だと思います」
    社員Eが続いた。
    4人でうなずき合った。

    小さな声で、社員Bが上司Aに言った。
    「特命は達成されますね」
    「かなり前から、その心配はしていなかった気がするよ」
    上司Aは、自らに確認するような気持ちで言った。

    募集が始まってからが本当の準備が始まる。
    新しい社内コンペはスタートするのだ。
    上司Aは、気を引き締めた。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「ハザードはゴルフを劇的にする」
     (ロバート・ハンター)


    ロバート・ハンターは、アメリカのコース設計家で、1926年に出版された“The Links”を書いたことで有名。ハンターは、コース設計の研究のために、スコットランドの著名なリンクスやシーサイドコースを巡歴して、そのときの感想をまとめたのが“The Links”である。この金言は、その中に出てくる言葉。

    この金言には続きがある。

    「ハザードのないゴルフは、生命も魂もなく、単なる退屈なゲームに過ぎなくなるであろう」

    ゴルフ史をかじったことのあるゴルファーであれば、ゴルフの発祥の地がスコットランドだという説は、かなり無理があって、信憑性が薄いことを知っているはずだが、ゴルフが現在のように育ったのはスコットランドのリンクスがあったからというのは、満票一致で揺るがない事実である。海際の砂丘の草原で、ゴルフがゲームとして完成度を高めていった背景には、大きな傾斜とハザードの存在は欠かせない。風に遊ばれ、傾斜に蹴られて、ハザードに一喜一憂しながら、ゴルフはゴルフになったのだ。

    人生も困難があるからこそ尊く、光り輝く、と書くと、昭和の根性論ゴルファーと非難されそうであるが、ゴルフというゲームも不公平な困難に翻弄されるところが面白さの根幹になっている。ハザードがないゴルフなんて…… 想像すると滑稽ですらある。

    上司Aは、特命を受けた約10ヶ月前を思いだすと笑ってしまうときがあった。とんでもない困難を押しつけられたと直感したからだ。でも、その困難に立ち向かったお陰で、自分のゴルフ人生の寿命が延びたような実感を今はしている。

    特命がなければ、出逢えなかったゴルファーたちは、ゴルフの偉大さを教えてくれた。もっと面白くなるために、ゴルフは常に進化を続けているというパワーを痛感させられた。

    1年前の自分は、今の自分を想像できなかった。改めて、上司Aは、ゴルフをしていて良かった、と思うのである。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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