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    episode 24 【ゴルフコンペ、当日】

    社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……

    配信日時:2021年4月1日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
    クラブハウスがオープンするのは早朝6時半だと聞いていた。上司Aは、7時にコースにコースに着いた。フロントの脇にテーブルがセットされていて、既に幹事たちが社内コンペの受付を始めていた。

    「お天気が良くて、最高だね」
    と上司Aは挨拶をしながら、チェックインをした。社内コンペ当日、青空と微風というコンでションは言うことなしだった。

    「早いですね」
    代表幹事の社員Hは、笑顔だった。余裕がある笑顔だと感じて、上司Aも笑った。

    「20組、60名。予定通りで、今のところ、欠席連絡はありません」
    若手のとりまとめの幹事の社員Eが、茶化すように真面目に言った。

    「トップスタート、頑張ってな。スタートを見に行くから、なんかあったら言ってくれ。手伝うから」
    上司Aは頼れる若手を頼もしく思いながら、朝の時間を楽しんでいた。

    コロナ対策で、3人一組。アウトコーススタートは、社内コンペのみの20組となっていた。
    トップスタートには、社員Eが入り、最終組に社員Hが入ることになっていた。8時が1組目で、20組目は10時過ぎになる。

    問題の役員たちは、8時半から9時半にスタートする。役員のトップは社長で、ラストは上司Aと特命を指示した役員だ。


    ◆最終的には、支店からの参加申し込みもあったりして、キャンセル待ちが3組分も出た
    ◆社のロゴマークが入ったキャップを作って、参加賞として朝の受付で配った
    ◆キャップのデザインは女子社員が中心になって行って、ほとんどの人が被ってプレーした
    ◆上司Aはトップスタートから自分の組まで1番ティーで見守りながら、緊急連絡係をする
    ◆準備に時間がかかるので遅めのスタートを希望した女子社員たちも7時半には続々と到着した。
    ◆奇跡的に欠席者は一人も出なかった
    ◆ノンプレーの新入社員2名は、スーツ姿で異彩を放ちながら伝統を守って走り回っていた



    揃いのキャップを被った集団は、ゴルフコースではよく目立った。上司Aは、色々なところに目を配りながら、妙な感心をしていた。

    60人も参加者いると、年齢も部署もバラバラなので、上司Aですら、同じ社内コンペの参加者かどうかは、半数もわからない。しかし、揃いのキャップがあるから一目でわかるのだ。顔を知らない同志でも、キャップで仲間だと認識して、会釈したりは出来るのだ。社員Hと相談して、ノンプレーのお手伝い新人社員にも、途中からスーツ姿にキャップを被せるようにした。

    「キャップを作りましょうよ」
    と打合せの早い段階で社員Eが提案したときに、上司Aは、正直にいうとピンとこなかった。実際に現場を見て、上司Aは心の底から感心した。このキャップは、単なる参加賞という価値を超える意味があったのだ。

    トップスタートの時間になると、10数人の参加者がティー周辺に集まった。良いショットには「ナイスショット!」の大合唱。ミスショットも調子の良い参加者が上手に茶化したりして、大いに盛り上がっていた。

    上司Aは、トップスタートの社員Eに、カートに搭載されているゴルフナビでスコア入力をする方法を各組に確認して欲しいという依頼を受けて、2組目から次々に説明を繰り返した。カートでスコア入力をして、データをもらうことになっていることは、事前に聞いていたが、早いスタートの組は若い参加者が多く、経験者が多かったので、逆に使い方を教わったりすることもあった。

    見送っては、操作方法を説明して、という段取りを繰り返したいたら、あっという間に自分たちのスタート時間が迫っていた。受付を終えた社員Hが、スタートホールに来たのは、ちょうどその頃だった。


    ◆ゴルフナビは入力だけではなく、その時点でのグロススコアでの順位も確認できた
    ◆トップの組が何番ホールまでいっているかも、スコア確認でわかるので重宝した
    ◆社長のスタート時には、20名以上の参加者が見守って大いに盛り上がった
    ◆コロナ対策でスループレーだと案内されていたが、知らないという人もいた
    ◆上司Aは予定通りの時間にパット練習などを一切しないままスタートした
    ◆ノンプレーの新入社員はカメラ係でスタートホールで大活躍した
    ◆画像は社内報用のSNSにリアルタイムにアップして、コースに来られなかった社員たちを喜ばせた
    ◆最終組のスタートで、参加者の平均年齢が約40歳になったので特命は達成された



    「主幹。チャットで質問が来ています」

    上司Aと特命を発令した役員と、契約社員Fの3人の組がスタートホールを終えて、カートに戻ったときに、契約社員Fが言った。上司Aは知らなかったが、参加者のグループチャットがあって、プレー中にも、色々なやり取りがあるようだった。見せられた契約社員Fのスマホの画面には、以下のような文章がアップされていた。

    「16組のA主幹へ。今回のベスグロって賞品は何ですか? B課長が5ホールを終えてグロスで2アンダーです。今のところパープレー以下は5人いますよ」

    最後のゴルフ部採用の社員Bは社長の組でキャディ要員でプレーしていたはずだが、どうやら絶好調のようだ。

    賞品は知っていたが、強いて、契約社員Fに「知らん! 諸君らの検討を祈る!! と言っています」とアップしてもらった。

    上司Aは、久しぶりに、自分の気持ちが競技ゴルフモードに入る予感がしていた。ネットスコアはわからないが、ベストグロスだけは当日に判明するのだ。別の組のライバルたちには、まだまだ、負けねぇぞ、と思った。社内コンペは始まったばかりである。

    今回の金言

    (写真・Getty Images)

    (写真・Getty Images)

    「ゴルフで得たものは、ゴルフに返せ」
     (チャック・エバンス)


    1916年の全米オープンと全米アマの両方に優勝した若き天才がチャック・エバンスで、全米が彼をヒーローとして祭り上げた。大金を生む可能性がある彼をプロにして儲けようという誘惑に耳を貸さず、エバンスは生涯アマチュアゴルファーとして過ごしたのだ。

    ゴルフの普及のためになるからと、当時のアマチュア資格に抵触しなかった青少年用の教材として作ったレコードだけが唯一の商業活動で、その印税の5千ドルが手元に届いたのだ。困った彼は、母親に相談しました。そのときに、彼女が言ったアドバイスが、今回の金言です。

    5千ドルは供託預金として13年預けられて、13年後の1930年に1万2千ドルになりました。このお金を基金として、世界初のキャディ奨学金となって、毎年、数百人のキャディを大学に進学させる学費と生活費を供与し続けているのだ。

    上司Aは、今回の特命のお陰で、ずーっと気になっていたゴルフへの恩返しが少し出来たような気がしていた。

    上司Aも、学生の頃、たくさんの大人たちに、プロゴルファーにならないのはもったいない、とアドバイスされたことがあったが、ゴルフを仕事にすることに嫌悪感みたいなものがあって、生涯アマチュアだと決めていたのだ。ボビー・ジョーンズや、チャック・エバンスに影響を受けたという部分もあるし、今振り返れば、プロとしてやっていく自信も決意もなかったという部分もある。ゴルフを汚したくないと思っていたのに、社会人になってからは、そんなことを優先するなんてできなかった。

    上司Aは、これからが、本当のゴルフへの恩返しなのだと、考えると、ワクワクしてしまう。社内コンペが、こんな形で開催されるなんて、神様のイタズラみたいである。まさに奇跡は、流れが正しければ本の一押しで可能になることを知った。

    社内コンペは、表彰が済むまでは終わらない。上司Aは褌を締め直した。

    【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)

    バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。

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