the final episode 【ゴルフは永遠に続く】
社内ゴルフコンペ参加者の平均年齢が50歳を超えたことに気が付いた役員から「若い参加者を増やせ!ただし、コンプライアンスには十分に注意せよ」という特命を帯びた上司A。一切の強要なしに若い部下たちをグリーンに誘うことは可能なのか? 上司Aの挑戦は始まった……
配信日時:2021年4月15日 06時00分
目次 / index
社内ゴルフコンペが終わった翌週の水曜日。
ノー残業デーということで、17時半という早い時間からコミュニケーションルームで、表彰式が行われた。参加者の60名のほぼ全てが集まり、当初は出席しないと思われていた社長を始め、役員も出席したことが影響して、参加しなかった社員も冷やかしで集まった。結果として、ソーシャルディスタンスが難しい混雑となってしまったが、社員にとって感染予防対策は、今やお手の物だった。
おのおので好きな飲み物を持ち込み、用意された飲み物も出されたりした。乾杯の音頭と1分間でゴングが鳴る形式で、社長以下、役員の挨拶の時間もあった。30代の社員の代表幹事である社員Eは、怖いもの知らずで、1分の5秒前から仲間とカウントダウンをして、1分でゴングを鳴らして、話の途中でもマイクをオフにして、司会のレジェンド幹事の社員Hに強制的に進行させた。
上司Aは、それを見ていてドキドキしたが、これが参加者に大いに受けて、爆笑になった。2番目以降の役員たちも見事に1分スピーチをこなして、最後の順番だった社長の挨拶は、40秒ぐらいに自ら締めたので、拍手喝采となって盛り上がった。企業としての儀式と、コンペの表彰式としての機能性が見事に融合していて、表彰になる前から上司Aは、ゴルフコンペの締めとしての成功を確信していた。
社内コンペの今回の参加費は、異例の一人2000円だった。それは、当日の朝に受付で、参加賞として配った企業ロゴがかっこよく入ったキャップの代金として消えていた。賞品は、反社長派閥筆頭の専務の声掛けで、役員たちがそれぞれに出してくれたポケットマネーの約20万円で、何ら問題なく揃えることが出来たという。それが正しいかどうかの評価は別として、実験的な意味では誰もが満足できる形として、大成功だと上司Aは考えていた。
◆役員の依頼で総務部が飲み物を用意する段取りになり、秘書課の画策で、参加人数以上の量が用意された
◆上司Aは知らなかったが、飲み物は用意されていると手ぶらで出席する参加者が多かった
◆賞品はほとんどが駄菓子で、持って帰れば家族にも受けたし、独身者にも評判が良かった
◆上位20位以内は全て入賞で賞品があり、あとは25位、30位と5位飛ばしで表彰された
◆アトラクションは、ドラコン、ニアピン、ブービー賞、ベストグロスの1位〜3位
◆表彰は下位から順番に行われて、ベスト3の前にアトラクションが挟まれて、最後までダレることがなかった
◆17時半に始まった表彰式は、20時にお開きになった
「危なくブービーだったよ」
特命を上司Aに指示した役員は、55位で2番目に名前を呼ばれて、有名な棒のお菓子の50本セットの賞品を手にした。照れるようにして、上司Aのところに来た。
「飛び賞に当たるとは、運がお強い」
と上司Aは、役員を軽く拍手で迎えた。
しゃべりたいと希望する入賞者は、司会からマイクを渡され、入賞の弁を語った。希望するだけあって、なかなか面白いスピーチをする参加者もいて、盛り上がった。表彰式は、司会者の腕前次第という説があるが、レジェンド幹事の社員Hの腕前は確かなものだった。
表彰式の出席者は、いつの間にか混沌としていた。コンペに参加したメンバーがメインだが、参加していない社員も勝手に飲んで、表彰式に参加していたからだ。上司Aは、そんな雰囲気が嫌ではなく、むしろ、楽しくてしかたがなかった。どこを見ても、みんな笑っていたからだ。
◆女子社員Cは6位に入賞して、スピーチで「次回は女子のベストグロスを!」と締めて、喝采を浴びた
◆野球部出身の社員Bは2つある内の一つのドラコンを獲得して「ゴルフは飛ばしてナンボです」とスピーチした
◆社長は30位で、ちょうど真ん中で賞も兼ねて、ジャンボなお菓子を獲得してご満悦だった
◆ブービー賞は契約社員Fで、賞品のお菓子のキャラクターの大きなぬいぐるみを抱えてスマホに囲まれていた
◆ベスグロの2位は最後のゴルフ部採用の社員Bで「今回は、先輩に譲りました!」とスピーチした
◆ベスグロの1位は上司Aで「社員Bに譲ってもらったので取れました」と挨拶した
◆上司Aの順位は11位だったが、その時はスピーチを辞退した
◆優勝した社員は上司Aは面識がなかったがスピーチで「ゴルフは最高です!」と締めて、拍手喝采で終わった
「次も出ます!」
「最高に楽しかったです」
「次回は参加させてください!」
上司Aは、次々に話しかけられた。幹事の指示で握手は禁止だったので、肘タッチを何人もとした。
社長は帰り際に、上司Aに向かって強く頷いた後に、肘タッチをした。根拠はなかったが、その瞬間に、この特命は本当は社長の指示だったのだと確信した。色々と手伝ってもらった面々とも、肘タッチをした。
「次の大会の前に、ゴルフ部の復活をよろしくお願いします」
という台詞も複数から聞いた。強く肘タッチをしたら、少し痛かった。
上司Aは、少ししか飲んでいなかったが、頬か熱くなっていた。興奮していたのだ。ゴルフをしていて、また、この特命を拝命して、心底良かったと思った。年齢から考えれば、人生のラストスパートが始まっている。ゴルフについては、明確な目標はなく、惰性で続ける楽しみぐらいに考えていた。
今回のベストグロスのスコアは、上司Aにとって社内コンペでは10年以上振りの良いスコアだった。特命を達成する流れで、毎週のようにゴルフに出掛けたお陰だった。人生は、何が起きるかわからないものだ。
来週は、幹事とその仲間たちとお疲れ様の納会ゴルフである。上司Aは、それが楽しみだ
った。
『ゴルフは永遠なり!』と、上司Aは何度も何度も心の中で叫んでいた。
ノー残業デーということで、17時半という早い時間からコミュニケーションルームで、表彰式が行われた。参加者の60名のほぼ全てが集まり、当初は出席しないと思われていた社長を始め、役員も出席したことが影響して、参加しなかった社員も冷やかしで集まった。結果として、ソーシャルディスタンスが難しい混雑となってしまったが、社員にとって感染予防対策は、今やお手の物だった。
おのおので好きな飲み物を持ち込み、用意された飲み物も出されたりした。乾杯の音頭と1分間でゴングが鳴る形式で、社長以下、役員の挨拶の時間もあった。30代の社員の代表幹事である社員Eは、怖いもの知らずで、1分の5秒前から仲間とカウントダウンをして、1分でゴングを鳴らして、話の途中でもマイクをオフにして、司会のレジェンド幹事の社員Hに強制的に進行させた。
上司Aは、それを見ていてドキドキしたが、これが参加者に大いに受けて、爆笑になった。2番目以降の役員たちも見事に1分スピーチをこなして、最後の順番だった社長の挨拶は、40秒ぐらいに自ら締めたので、拍手喝采となって盛り上がった。企業としての儀式と、コンペの表彰式としての機能性が見事に融合していて、表彰になる前から上司Aは、ゴルフコンペの締めとしての成功を確信していた。
社内コンペの今回の参加費は、異例の一人2000円だった。それは、当日の朝に受付で、参加賞として配った企業ロゴがかっこよく入ったキャップの代金として消えていた。賞品は、反社長派閥筆頭の専務の声掛けで、役員たちがそれぞれに出してくれたポケットマネーの約20万円で、何ら問題なく揃えることが出来たという。それが正しいかどうかの評価は別として、実験的な意味では誰もが満足できる形として、大成功だと上司Aは考えていた。
◆役員の依頼で総務部が飲み物を用意する段取りになり、秘書課の画策で、参加人数以上の量が用意された
◆上司Aは知らなかったが、飲み物は用意されていると手ぶらで出席する参加者が多かった
◆賞品はほとんどが駄菓子で、持って帰れば家族にも受けたし、独身者にも評判が良かった
◆上位20位以内は全て入賞で賞品があり、あとは25位、30位と5位飛ばしで表彰された
◆アトラクションは、ドラコン、ニアピン、ブービー賞、ベストグロスの1位〜3位
◆表彰は下位から順番に行われて、ベスト3の前にアトラクションが挟まれて、最後までダレることがなかった
◆17時半に始まった表彰式は、20時にお開きになった
「危なくブービーだったよ」
特命を上司Aに指示した役員は、55位で2番目に名前を呼ばれて、有名な棒のお菓子の50本セットの賞品を手にした。照れるようにして、上司Aのところに来た。
「飛び賞に当たるとは、運がお強い」
と上司Aは、役員を軽く拍手で迎えた。
しゃべりたいと希望する入賞者は、司会からマイクを渡され、入賞の弁を語った。希望するだけあって、なかなか面白いスピーチをする参加者もいて、盛り上がった。表彰式は、司会者の腕前次第という説があるが、レジェンド幹事の社員Hの腕前は確かなものだった。
表彰式の出席者は、いつの間にか混沌としていた。コンペに参加したメンバーがメインだが、参加していない社員も勝手に飲んで、表彰式に参加していたからだ。上司Aは、そんな雰囲気が嫌ではなく、むしろ、楽しくてしかたがなかった。どこを見ても、みんな笑っていたからだ。
◆女子社員Cは6位に入賞して、スピーチで「次回は女子のベストグロスを!」と締めて、喝采を浴びた
◆野球部出身の社員Bは2つある内の一つのドラコンを獲得して「ゴルフは飛ばしてナンボです」とスピーチした
◆社長は30位で、ちょうど真ん中で賞も兼ねて、ジャンボなお菓子を獲得してご満悦だった
◆ブービー賞は契約社員Fで、賞品のお菓子のキャラクターの大きなぬいぐるみを抱えてスマホに囲まれていた
◆ベスグロの2位は最後のゴルフ部採用の社員Bで「今回は、先輩に譲りました!」とスピーチした
◆ベスグロの1位は上司Aで「社員Bに譲ってもらったので取れました」と挨拶した
◆上司Aの順位は11位だったが、その時はスピーチを辞退した
◆優勝した社員は上司Aは面識がなかったがスピーチで「ゴルフは最高です!」と締めて、拍手喝采で終わった
「次も出ます!」
「最高に楽しかったです」
「次回は参加させてください!」
上司Aは、次々に話しかけられた。幹事の指示で握手は禁止だったので、肘タッチを何人もとした。
社長は帰り際に、上司Aに向かって強く頷いた後に、肘タッチをした。根拠はなかったが、その瞬間に、この特命は本当は社長の指示だったのだと確信した。色々と手伝ってもらった面々とも、肘タッチをした。
「次の大会の前に、ゴルフ部の復活をよろしくお願いします」
という台詞も複数から聞いた。強く肘タッチをしたら、少し痛かった。
上司Aは、少ししか飲んでいなかったが、頬か熱くなっていた。興奮していたのだ。ゴルフをしていて、また、この特命を拝命して、心底良かったと思った。年齢から考えれば、人生のラストスパートが始まっている。ゴルフについては、明確な目標はなく、惰性で続ける楽しみぐらいに考えていた。
今回のベストグロスのスコアは、上司Aにとって社内コンペでは10年以上振りの良いスコアだった。特命を達成する流れで、毎週のようにゴルフに出掛けたお陰だった。人生は、何が起きるかわからないものだ。
来週は、幹事とその仲間たちとお疲れ様の納会ゴルフである。上司Aは、それが楽しみだ
った。
『ゴルフは永遠なり!』と、上司Aは何度も何度も心の中で叫んでいた。
今回の金言
「ゴルフは学べば学ぶほど学ぶことが多くなる」
(エドワーズ・バインズ)
1931年のウィンブルドンと全米オープンに優勝し、世界一のテニスプレーヤーとなったエドワーズ・バインズは、将来について記者に聞かれて、こう答えている。
「今後もテニスをするが、同時に、ゴルフのチャンピオンにもなるつもりだ。わたしには、自信がある」
バインズは、たった2年でスクラッチプレーヤーになり、1934年にはゴルフの全英アマに出場し、マッチプレーまで進んでいる。しかし、彼はアマチュアの試合に一回も勝てないまま、1942年にプロゴルファーに転向した。あのビックマウスの発言から、ちょうど10年が経っていた。プロゴルファーとして、バインズは小さな試合には何度か優勝したが、メジャーな大会には勝てなかった。
1952年に出版されたイギリスのゴルフ評論家ダージー・ダージーの“My Greatest Day in Golf”という本の中に、今回の金言は書かれている。
天下を取った天才テニスプレーヤーでさえ、ゴルフでは思うような成績は残せなかった。ただ、凄いところは、20年が経っても、諦めているわけではないというところである。
もっと学ばなければ、と焦る気持ちが、上司Aにも、改めて理解できたようだった。ゴルフは果てしなく広く、どこまでも深い。それは、有形であるが無限だという宇宙そのものである。
諦めなければ、ゴルフは必ず答えを返してくれる。上司Aは、特命を通して、それを痛感していた。特命を達成して、肩の荷を下ろした上司Aの前には、見たことがない更に高い目標は待っている。
また、いつの日か、上司Aのゴルフな物語を紹介できること願っている。それは、彼の少し先の未来の話かもしれないし、彼のDNAを引き継いだ別の主役の話かもしれない。
こうして、ゴルフは永遠に続いていく、のである。
(エドワーズ・バインズ)
1931年のウィンブルドンと全米オープンに優勝し、世界一のテニスプレーヤーとなったエドワーズ・バインズは、将来について記者に聞かれて、こう答えている。
「今後もテニスをするが、同時に、ゴルフのチャンピオンにもなるつもりだ。わたしには、自信がある」
バインズは、たった2年でスクラッチプレーヤーになり、1934年にはゴルフの全英アマに出場し、マッチプレーまで進んでいる。しかし、彼はアマチュアの試合に一回も勝てないまま、1942年にプロゴルファーに転向した。あのビックマウスの発言から、ちょうど10年が経っていた。プロゴルファーとして、バインズは小さな試合には何度か優勝したが、メジャーな大会には勝てなかった。
1952年に出版されたイギリスのゴルフ評論家ダージー・ダージーの“My Greatest Day in Golf”という本の中に、今回の金言は書かれている。
天下を取った天才テニスプレーヤーでさえ、ゴルフでは思うような成績は残せなかった。ただ、凄いところは、20年が経っても、諦めているわけではないというところである。
もっと学ばなければ、と焦る気持ちが、上司Aにも、改めて理解できたようだった。ゴルフは果てしなく広く、どこまでも深い。それは、有形であるが無限だという宇宙そのものである。
諦めなければ、ゴルフは必ず答えを返してくれる。上司Aは、特命を通して、それを痛感していた。特命を達成して、肩の荷を下ろした上司Aの前には、見たことがない更に高い目標は待っている。
また、いつの日か、上司Aのゴルフな物語を紹介できること願っている。それは、彼の少し先の未来の話かもしれないし、彼のDNAを引き継いだ別の主役の話かもしれない。
こうして、ゴルフは永遠に続いていく、のである。
【著者紹介】四野 立直 (しの りいち)
バブル入社組作家。ゴルフの歴史やうんちく好きで、スクラッチプレーヤーだったこともある腕前。東京都在住。