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    打打打坐 第63回【雨ゴルフは物語に滴る】

    打打打坐(ちょうちょうだざ)とは、打ちまくって瞑想の境地に入るという造語。コースで打たなければわからないと試打ラウンドだけで年間50ラウンド以上しているロマン派ゴルフ作家が、瞑想、妄想、迷走…… 徒然なるままにゴルフを想い、語るというお話。

    配信日時:2021年7月2日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
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    水も滴る邂逅

    まずは、水も滴るお話から……

      ショートショート “雨のような女神”

    もうこのコースに通って10年は過ぎている。それまでは、色々なコースとの出逢いを楽しむタイプのゴルファーだったのだ。梅雨のあの日までは……

    本当は3人でゴルフをする予定だった。そもそも梅雨の時期にゴルフをする約束になったのは友人のスケジュールのせいだ。彼が、その日以外だと、半年先でなければ予定を空けられないと言ったからだ。僕らは少し焦っていた。学生時代の仲良し4人組も、数十年が過ぎて、個別には会っても、揃って会うことはなかった。いつでも会えるし、会えばあの頃に瞬時に戻れると考えていたからだ。

    でも、4人が揃ったのは、リーダー的な存在だった仲間の葬儀だったのだ。残された3人で、会える内に会っておかないと、後悔すると悟ったのだ。

    ゴルフをして、そのあとに呑もうという話になったが、それぞれの予定の合う日は、その日だけだった。梅雨のど真ん中。案の定、当日の降水確率は70%で、1人が中止して、延期しようと提案してきたが、それを却下して、残った2人でプレーすることにしたのだ。

    スタート前は土砂降りだったが、スタートする頃には霧雨っぽくなって、少し気が楽になった。悪友とゴルフをするのは20年振りぐらいだった。彼のレインウェアは、ゴルフメーカーの高機能なモデルのようで、それを一目見て、経験に見合う腕前になっていることがわかるような気がした。

    1番ホールは、彼は余裕のパー。僕は必死のラッキーなパーだった。2番ホールにカート進めた。2番のティーの後方には8番のグリーンと9番のティーがあり、コースの交差ポイントになるので、小さな雷の避難小屋が設置されていた。不意にその小屋から、キャディバッグを抱えるようにして、トボトボと人が歩いて出てきたのだ。

    「すみません。ご一緒させていただけないでしょうか?」

    真っ白いレインウェアに身を包んで、白いキャディバッグを抱えていたのは若い女性だった。思わず事情を聞くと、ツーサムでスタートしたのだが、雨が激しくなって、プレーをやめるやめないで、同伴者と喧嘩になって、プレーを続行したかった自分だけが、荷物と一緒にここに降ろされてしまった、というのだ。

    「一瞬、幽霊かと思いましたよ。どうぞ、どうぞ。良いよな?」

    友人が明るく言って、確認をしてきたので、被せ気味に同意し、僕も言った。

    「困ったときはお互い様ですから。楽しくプレーしましょう」

    彼女のバッグをカートに積むときに、彼女と正面から目が合った。白いレインウェアをほのかに照らすように、頬が赤く見えて、きれいな女性だと意識したら、柄にもなく、少しドキッとしてしまった。そこからは、3人でのゴルフになった。

    水も滴るその後

    彼女はキビキビとして、スマートなゴルフをした。腕前は僕よりも少し上手いように感じた。友人は、良いところを見せようとして、ミスを多発した。僕は、意識していることを悟られないように、無理をしないゴルフに徹した。ドライバーもマン振りをせずに、8割ぐらいの力で軽く振った。8割ぐらいの力で振っても、飛距離は80%まで落ちずに、ほぼ100%に近いことを初めて知った。

    ドライバーだけではなく、他のクラブも、出来ることを確実にすることだけを考えて、それに専念した。良いショットが出ると、鈴が鳴るような心地良い声で彼女が「すっごい!」と褒めてくれるのだ。多くの男性が同様だと思うが、僕も女性に凄いと言われると鳥肌が立つほど気持ちが良いことを知った。

    「すっごい!」と言う声が聞きたくて、黙々と大人しいゴルフをした。結果的に、僕はハーフの自己ベストを出せそうなプレーができていた。友人もスコアは悪いなりに楽しそうだった。結果として、今日、ゴルフに来て良かったと幸せな気分になったのは8番ホールで長いバーディーパットが無欲故のまぐれで入ったときだった。

    彼女の携帯が鳴って、彼女は、すみません、と言いながらカートを離れた。すぐに戻ってきた彼女は、申し訳なさそうに、「同伴者が反省して戻ってくると言うので、ここで待つことにします。無理を聞いてもらって、ありがとうございました」と深々と頭を下げた。

    友人と僕は、名残惜しい空気を出さないように注意しつつ、「良かったね」なんて言いながら、彼女のバッグを降ろして、さらりと別れを告げて、9番ホールに向かった。気が付けば、霧雨はずーっと降っていた。彼女は最初に出てきた避難小屋に向かって歩いて行った。

    「いい女だったなぁ。同伴者が先に帰ってしまったなら、送って行くよ、という展開になる夢みたいな妄想をしていたよ」

    と友人が言った。

    「このスケベが」

    と僕が言って、2人で笑った。

    その後、ランチタイムでも、プレーが終わったあとも、クラブハウス内で目で彼女を探したが、発見できなかった……

    その日以来、僕のゴルフは明らかに変質して、なかなか上手いゴルフが出来るようになった。彼女の「すっごい」が僕を変えたのだ。どうしても、彼女にもう一度会いたくて、僕はこのコースに通うようになった。

    10年経っても、残念ながら彼女には会えていないが、少し前に、数年前からコースの常連になった未亡人というあだ名の女性から、ご主人が亡くなった翌年の雨の日に、彼女も僕とほぼ同じ体験をこのコースでしたと聞いた。唯一違うのは、雨の中、真っ白いレインウェアで現れたのが、若いイケメンの男性だったことだ。

    「雨のような青年だった、って何度も思うんです。水が滴るイイ男だったし、突然降ってきて、混乱させて、勝手にやんでしまう雨みたいだった、なんてねぇ」

    未亡人が、遠い雲を見ながら話すのを聞きながら、僕が会いたい彼女は雨のような女神だなぁ、と考えた。未亡人に、僕の話はしなかった。

    あと何年、このコースに通えるかはわからないけれど、あの避難小屋の近くを通るたびに、少し期待をして、同時に「すっごい」と褒められる普通を極めたくそ真面目なゴルフをしよう、と僕は気を引き締めるのである。

      ショートショート “雨のような女神” (おわり)

    雨の仲間たちの神話

    梅雨の雨の中でも、ゴルフをする強者は平成という時代を経て、絶滅危惧種になったと思っていました。昭和の時代は、雨でもゴルフをするのが当たり前だった、という昔話をする時代が来ている覚悟もしていました。

    しかし、今年の梅雨の雨ゴルフは、少し様子が違うのです。

    雨降るコースでも、笑顔一杯で「雨の日はコースが空いているからラッキーじゃん」と話すような若者たちが、たくさんコースにいるのです。

    僕らのような昭和チックなオールドゴルファーも意地を見せて、雨ゴルフをするためにコースに来ていますが、楽しげな雰囲気を醸し出している若者たちに数で負けている日がありました。

    雨が降っているコースの朝は、特別な空気を楽しめると思っています。会ったことがない知らない人たちとの間に『こんな雨の日にゴルフ…… あんたも好きねぇ』という互いを馬鹿にしつつも、リスペクトし合う空気が漂うのです。そういう空気の中で、さり気ないアイコンタクトをして、互いを認め合って、雨ゴルフをスタートしていくのです。

    オールドゴルファーはゴルフ歴が長ければ長いほど、雨のゴルフで、負けるとわかっている戦場に投入される兵士の悲哀をイメージしますが、令和の時代に、そんな悲壮感は欠片もありません。

    「普通のスポーツは雨なら中止なのに、ゴルフは雨でも出来るって、ラッキーだし、ワクワクするよな」

    という雨雲が照れて、どこかに行ってしまいそうなポジティブ思考なのです。

    いずれにしても、雨のゴルフは仲間の結束を強くするというメリットがあります。

    雨ゴルフには、雨でなければ経験できないストーリーがあるものなのです。先程公開したゴルフのショートショートは、ロマン派ゴルフ作家の創作で、おとぎ話ですが、事実は小説より奇なり、という経験は、最低でもゴルファーの数だけ用意されています。主人公の僕も、しかたがなく、もしくは意地で雨ゴルフをしたからこそ、その後のゴルフが変わるような経験が出来たというわけです。

    雨でもゴルフをするなんて絶対に嫌だという人でも、プレー中に予期しなかった雨が降ってくるという経験をする可能性はあります。若者が話していたように、ゴルフは雨でも出来るゲームなのです。

    どんなお天気でも、ゴルフは楽しい!

    雨の中、ゴルフ仲間を意識してゴルフをすると決めた瞬間に、お話は始まります。

    【著者紹介】篠原嗣典

    ロマン派ゴルフ作家・ゴルフギアライター。ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、現在はゴルフエッセイストとして活躍中。
    連載

    ロマン派ゴルフ作家篠原の “今日も打打打坐”

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