第8回は1987年日本プロゴルフマッチプレー選手権。3試合連続優勝のかかった絶好調の尾崎将司を、エクストラホールまでもつれ込んで撃破し“マッチプレーの鬼”と呼ばれるようになった高橋勝成が振り返る。
最初から最後まで、いや、34年の歳月を経てさえ高橋は勝ったという実感を持っていない。「今でも勝ったという感覚は一切ないんです。実力じゃない。ジャンボさんのミスでそうなっただけ」。穏やかに、だがきっぱりと口にする。
2年前に1度優勝している大会で、高橋は、1回戦で金井清一と22ホールを、2回戦では倉本昌弘と19ホール、いずれもエクストラホールにもつれ込む激戦で勝ち進んだ。日大の後輩、藤木三郎との3回戦は4&3。準決勝では中村忠夫に6&5の大勝で勢いに乗り、順調に決勝に進んだジャンボと36ホールの決戦に挑んだ。
「ジャンボさんとはとにかく格が違う。ドライバーを打てば30ヤードくらい置いて行かれるし、セカンドショットのクラブは2番手くらい違う。ジャンボさんは全ホールでバーディを獲って来るような印象がありました。だから勝とうとは思っていない。(引き)分けて行って最終ホールまで行きたいな、という気持ち。どこまで食いついて行けるかが大事だと思っていました。ショートパットだけは絶対にはずさないつもりでプレーしました」
日大ゴルフ部時代、リーグ戦でマッチプレーの経験は十分に積んでいた。「個人戦ではたぶん負けなし。あったとしても1回くらいですかね。相手を目の前で見ているし、10メートルのパットも1打で入れようとするでしょう? 3パットしても関係ない。(そのホールを)負ける時は思い切ったことしていい。アプローチだって思い切り打てるから、(1打1打を)大切にするストロークプレーとは違う面白さを感じていました」と自信を持ってはいたものの、相手はジャンボ。覚悟を持って戦いに挑んだ。
雨中の決勝は4番、5番バーディの高橋が先取。ジャンボは7番からの3連続バーディで逆転し、互いに一歩も譲らず、前半18ホールを終わってマッチイーブン。
後半に入っても一進一退の状況が続いた。この日、2度目の16番をバーディで高橋が1アップ。直後の17番パー3で、ティショットを右にはずしたジャンボは、7メートルのパーパットを残す大ピンチに陥った。
すでにパーパットを寄せている高橋のパーは確実で、ジャンボはこれを入れないと負けてしまう状況だ。だが、このパットを見事に沈め、最終ホールにコマを進めた。
それでもまだ高橋の1アップ。パー5の最終ホールでジャンボがスーパーショットを放つ。ピンにまっすぐに向かったボールは、カップの奥わずか50センチにキャリー。バックスピンでカップに入りかけた。高橋が3打目を打つ前にコンシードしてジャンボはバーディ。高橋は沈めれば優勝の2メートルのバーディーパットを決めきれず、勝負は振り出しに戻ってしまった。
勝負はエクストラホールへ。1ホール目の15番は385ヤードのパー4。「前回(33ホール目)と同じように3番ウッドで刻んで、セカンドショットは7番アイアン。1メートルも違わない場所のディボット跡があるくらいの場所でした。前はオーバー目だった力加減もはっきりと覚えている。感覚に鋭いものがありました。(グリーン周りのギャラリーの)拍手で3メートルくらいかな、と思ったら、次に打ったジャンボさんにはすごい拍手が来た。1メートル以内についたのかな、と思いました。『ジャンボさんはOKについているから、次のパットを入れないとその次(38ホール目)へ行けないな。3メートル(のバーディパット)をどうやって入れようか』と、歩きながら考えていました」
闘争心を抱いてグリーンに向かうと、高橋は奥2メートル。ジャンボはバックスピンでその内側、1.7メートルにつけていた。
「入れてくるだろうから、自分は入れないと」と、下りの軽いフックラインをしっかりと読み切り、鮮やかなバーディ奪取。それでも「勝ちに行っていません。次のホールに行きたいという気持ちだけでした」。
すでに死闘は8時間余りに及んでいたが、高橋は「このままずっとやるんだろうな。全部バーディを獲って来る人だから、次のホールはどうやって戦おう」と思っていた。だが、ここで意外なものを目撃する。「珍しく、ジャンボさんの手が少し動かないのを見たんです。ものすごく意外でした。『まさか、しびれているのかな』というミスパットでした」。37ホール目の大事な場面でジャンボはパットを決められず、高橋の勝利が決まった。
その瞬間、ジャンボに歩み寄った高橋は、握手ではなく思わず抱きついた。ジャンボもそれに応える。死闘を繰り広げた者同士が、互いを讃え合う光景だった。
絶好調のジャンボを破ったことで“マッチプレーの鬼”の名前を得た高橋。「勝ったつもりはない。実力じゃない。ジャンボのミスでそうなっただけ。ジャンボさんとは飛距離も違うし、プレースタイルが全く違う。だから一番近くで見られるお得なギャラリーみたいな感じでした。あれがもし、自分と飛距離も同じような人だったら競争心があってうまくいかなかったかもしれません。ジャンボさん相手だから自分のプレーに没頭できた。集中できたんです。あのジャンボさんを本気にさせられて面白かった」。
今も語り継がれる死闘の決着は「普通では考えられないジャンボさんのミス。何かのプレゼントみたいなもの。『お疲れ様でした』と抱きついて行った時に『大変だったな』と言ってもらった記憶があります」
最後まであきらめず食らいついたすえに手にした勝利。勝った気がしないまま“マッチプレーの鬼”と呼ばれた男の、忘れられない死闘だった。(文・小川淳子)
最初から最後まで、いや、34年の歳月を経てさえ高橋は勝ったという実感を持っていない。「今でも勝ったという感覚は一切ないんです。実力じゃない。ジャンボさんのミスでそうなっただけ」。穏やかに、だがきっぱりと口にする。
2年前に1度優勝している大会で、高橋は、1回戦で金井清一と22ホールを、2回戦では倉本昌弘と19ホール、いずれもエクストラホールにもつれ込む激戦で勝ち進んだ。日大の後輩、藤木三郎との3回戦は4&3。準決勝では中村忠夫に6&5の大勝で勢いに乗り、順調に決勝に進んだジャンボと36ホールの決戦に挑んだ。
「ジャンボさんとはとにかく格が違う。ドライバーを打てば30ヤードくらい置いて行かれるし、セカンドショットのクラブは2番手くらい違う。ジャンボさんは全ホールでバーディを獲って来るような印象がありました。だから勝とうとは思っていない。(引き)分けて行って最終ホールまで行きたいな、という気持ち。どこまで食いついて行けるかが大事だと思っていました。ショートパットだけは絶対にはずさないつもりでプレーしました」
日大ゴルフ部時代、リーグ戦でマッチプレーの経験は十分に積んでいた。「個人戦ではたぶん負けなし。あったとしても1回くらいですかね。相手を目の前で見ているし、10メートルのパットも1打で入れようとするでしょう? 3パットしても関係ない。(そのホールを)負ける時は思い切ったことしていい。アプローチだって思い切り打てるから、(1打1打を)大切にするストロークプレーとは違う面白さを感じていました」と自信を持ってはいたものの、相手はジャンボ。覚悟を持って戦いに挑んだ。
雨中の決勝は4番、5番バーディの高橋が先取。ジャンボは7番からの3連続バーディで逆転し、互いに一歩も譲らず、前半18ホールを終わってマッチイーブン。
後半に入っても一進一退の状況が続いた。この日、2度目の16番をバーディで高橋が1アップ。直後の17番パー3で、ティショットを右にはずしたジャンボは、7メートルのパーパットを残す大ピンチに陥った。
すでにパーパットを寄せている高橋のパーは確実で、ジャンボはこれを入れないと負けてしまう状況だ。だが、このパットを見事に沈め、最終ホールにコマを進めた。
それでもまだ高橋の1アップ。パー5の最終ホールでジャンボがスーパーショットを放つ。ピンにまっすぐに向かったボールは、カップの奥わずか50センチにキャリー。バックスピンでカップに入りかけた。高橋が3打目を打つ前にコンシードしてジャンボはバーディ。高橋は沈めれば優勝の2メートルのバーディーパットを決めきれず、勝負は振り出しに戻ってしまった。
勝負はエクストラホールへ。1ホール目の15番は385ヤードのパー4。「前回(33ホール目)と同じように3番ウッドで刻んで、セカンドショットは7番アイアン。1メートルも違わない場所のディボット跡があるくらいの場所でした。前はオーバー目だった力加減もはっきりと覚えている。感覚に鋭いものがありました。(グリーン周りのギャラリーの)拍手で3メートルくらいかな、と思ったら、次に打ったジャンボさんにはすごい拍手が来た。1メートル以内についたのかな、と思いました。『ジャンボさんはOKについているから、次のパットを入れないとその次(38ホール目)へ行けないな。3メートル(のバーディパット)をどうやって入れようか』と、歩きながら考えていました」
闘争心を抱いてグリーンに向かうと、高橋は奥2メートル。ジャンボはバックスピンでその内側、1.7メートルにつけていた。
「入れてくるだろうから、自分は入れないと」と、下りの軽いフックラインをしっかりと読み切り、鮮やかなバーディ奪取。それでも「勝ちに行っていません。次のホールに行きたいという気持ちだけでした」。
すでに死闘は8時間余りに及んでいたが、高橋は「このままずっとやるんだろうな。全部バーディを獲って来る人だから、次のホールはどうやって戦おう」と思っていた。だが、ここで意外なものを目撃する。「珍しく、ジャンボさんの手が少し動かないのを見たんです。ものすごく意外でした。『まさか、しびれているのかな』というミスパットでした」。37ホール目の大事な場面でジャンボはパットを決められず、高橋の勝利が決まった。
その瞬間、ジャンボに歩み寄った高橋は、握手ではなく思わず抱きついた。ジャンボもそれに応える。死闘を繰り広げた者同士が、互いを讃え合う光景だった。
絶好調のジャンボを破ったことで“マッチプレーの鬼”の名前を得た高橋。「勝ったつもりはない。実力じゃない。ジャンボのミスでそうなっただけ。ジャンボさんとは飛距離も違うし、プレースタイルが全く違う。だから一番近くで見られるお得なギャラリーみたいな感じでした。あれがもし、自分と飛距離も同じような人だったら競争心があってうまくいかなかったかもしれません。ジャンボさん相手だから自分のプレーに没頭できた。集中できたんです。あのジャンボさんを本気にさせられて面白かった」。
今も語り継がれる死闘の決着は「普通では考えられないジャンボさんのミス。何かのプレゼントみたいなもの。『お疲れ様でした』と抱きついて行った時に『大変だったな』と言ってもらった記憶があります」
最後まであきらめず食らいついたすえに手にした勝利。勝った気がしないまま“マッチプレーの鬼”と呼ばれた男の、忘れられない死闘だった。(文・小川淳子)