頂上アタックへのミッションは、すでに3日目ホールアウト後の記者会見から始まっていた。この時点で、9アンダーで並んだのが今回の主人公・横田真一と、石川遼、谷原秀人の3人。「僕よりは格上の2人」(横田)との対決を控え、横田は報道陣を前に意外な言葉を口にする。
「明日は85、6くらい打ちますよ」。2000年の全日空オープン以来10年ぶりの優勝に、ビッグチャンスが巡ってきたタイミング。「勝ちたい」という言葉が期待されるムードのなか、思ってもいなかった発言が飛び出し、会見場は笑いに包まれた。「みんなが笑ってくれて、心がスッと、すごい楽になった。『これだ!』と思ったんですよ」
実はこれ、横田ならではの「プレッシャー解消法」のひとつだった。「普通『いいイメージしか、持たなくちゃいけない』などと言いますが、極度の緊張の中では真逆で、開き直るのが必要。それを自分でジャッジしたんです」。
緊張しないようにするために、どうすればいいか。そのヒントをくれたのは、2年前の2008年から師事していた自律神経研究の第一人者である順天堂大学医学部の小林弘幸教授。「小林先生から『自律神経をコントロール出来たら、優勝できますよ』とアドバイスを受けて、そのコントロール法を教わったんです」(横田)
心拍、呼吸、血流、消化、排せつ、体温調節など「無意識」の領域で仕事をしている自律神経が、交感神経と副交感神経から成り立っているのはご存じの通り。活動している時や緊張している時、ストレスを感じている時などに働く交感神経と、休憩している時、睡眠時、リラックスしている時などに働く副交感神経のバランスが高いレベルで安定している時に、いいパフォーマンスができる。すでにこの時、横田はそれを学んでいた。
「ほどよい緊張と、ほどよいリラックスが調和しないと、いいパフォーマンスができない。極度に緊張する場面では血管が収縮しちゃうから、血流が回らず脳にも血液がいかないから、顔面蒼白、頭真っ白、になっちゃって、自分の思う通りに体が動かない。だから最終日はどれだけリラックスできるかに執着していたんです」
それが前日の記者会見での発言につながり、その後も様々な手が打たれていく。この週、横田は東京・渋谷の自宅と戸塚CCを自ら運転して往復していた。「交感神経を使わないように、運転も60キロでゆっくり走りました。自宅だったのでリラックスできたし、最終日の前夜は雨になり、気圧も低くなって、副交感神経が優位になり、よく眠れました」。
そして運命の最終日。「報道陣だけでなく、家族にも『木っ端みじんになるから、来ないでいいよ』とわざわざ言っていました」。夜来の雨に見舞われ、スタートが延びに延びて、1時間50分も遅れてしまう。「正直、中止になってくれと思っていました。シードも取れるし、3人プレーオフの方が優勝の確率は高いですから」。
だが、この後天候が回復し、最終ラウンドのスタートが決まった。リラックスを心がけていた横田だが、1番でいきなりボギー。首位の2人に1打置いていかれ、続く2番では石川がバーディを奪う。横田との差は「2」に広がった。
だが、こんな状況でもキャディの臼井泰仁さんが、癒し系キャラだったのに救われたという。「いわしとマグロみたいなもんだから」ってつぶやくと臼井さんも「あはは〜」と笑って受け流す。続く3番で、奇跡が起きる。110ヤード、52度のウエッジから放たれた第2打が、奥にバウンドしてからバックスピンでカップに消えるイーグル。これには一緒に回る石川も「バックスピンを計算してカップインさせるのは一流の証」と絶賛するほどだった。
それでも、この時も、横田は臼井キャディに「いいか、プロはアルバトロスやホールインワンをやった後はダボとかトリとか打って、大崩れするもんだ。おれもこれから始まるから」と冗談をぶつけている。これにも「ははは、そうですね〜」と受け流す臼井キャディ。横田は緊張とは無縁の精神状態でホールを消化していった。前半を「33」にまとめ12アンダーまでスコアを伸ばすと、石川との差は3、谷原との差も6まで広がる。
しかし、バックナインに入ると先行していた細川和彦と兼本貴司が、同じ組で競い合うようにバーディを重ねて差を詰めてくる。まず兼本が11、12番と連続バーディ。13番では細川がイーグル奪取。ついに横田と並んだ。
だが、横田も動じない。12番バーディの後16番で7メートル、下りのフックラインを1発で沈めている。「この時は、完全にゾーンに入っていました。ライン、強さとともに完璧でしたから」。しかし、このまますんなりとはいかないのがゴルフ。緊張の波は、横田が17番グリーンに上がった時、一気に押し寄せてきた。
グリーンサイドにある大型のリーダーボードの一番上に横田真一の名前があることは、分かっていた。その下にあった細川と兼本の数字が、ともに変わった。2人は最終18番でグリーンをオーバーし、ともにボギー。横田との差が、3打に開いた。
17番は417ヤードと長いパー4。2オンした横田だが、ファーストパットは13メートルも残っていた。そのタイミングで「え?優勝すんの?」と初めて優勝を意識した。その動揺が、ストロークに現れる。「ヘッドが下りてこなかった」パットは、なんと2.5メートルもショート。パーパットも「交感神経が上がりすぎて、呼吸ができなくて、苦しくなって…。『もういいや、えい!』と打ったら、カップの向こう側で飛び跳ねてから吸い込まれた」。
重圧に苦しみながらも、パーでしのいだ横田は、最終18番でも対策を施す。「交感神経が上がると、ダウンスイングの切り返しが絶対早くなる。ドライバーだと長くて重いし、体の開きが早くなった瞬間にドライバーはスライスとチーピンどっちも出る。その知識があったから3番ウッドをスッと持てた。で、フェアウェイに行くと大ダフリしそうだから、右ラフを狙って打って行ったんです」。
この作戦が功を奏し、8番アイアンのセカンドショットも15メートルに2オン。だが一緒に回る石川も、一時は4打差まで離されたが、あきらめない。16、17番と連続バーディで迫り、ここでも残り116ヤードの第2打を52度のAWでデッドに狙った。
「明日は85、6くらい打ちますよ」。2000年の全日空オープン以来10年ぶりの優勝に、ビッグチャンスが巡ってきたタイミング。「勝ちたい」という言葉が期待されるムードのなか、思ってもいなかった発言が飛び出し、会見場は笑いに包まれた。「みんなが笑ってくれて、心がスッと、すごい楽になった。『これだ!』と思ったんですよ」
実はこれ、横田ならではの「プレッシャー解消法」のひとつだった。「普通『いいイメージしか、持たなくちゃいけない』などと言いますが、極度の緊張の中では真逆で、開き直るのが必要。それを自分でジャッジしたんです」。
緊張しないようにするために、どうすればいいか。そのヒントをくれたのは、2年前の2008年から師事していた自律神経研究の第一人者である順天堂大学医学部の小林弘幸教授。「小林先生から『自律神経をコントロール出来たら、優勝できますよ』とアドバイスを受けて、そのコントロール法を教わったんです」(横田)
心拍、呼吸、血流、消化、排せつ、体温調節など「無意識」の領域で仕事をしている自律神経が、交感神経と副交感神経から成り立っているのはご存じの通り。活動している時や緊張している時、ストレスを感じている時などに働く交感神経と、休憩している時、睡眠時、リラックスしている時などに働く副交感神経のバランスが高いレベルで安定している時に、いいパフォーマンスができる。すでにこの時、横田はそれを学んでいた。
「ほどよい緊張と、ほどよいリラックスが調和しないと、いいパフォーマンスができない。極度に緊張する場面では血管が収縮しちゃうから、血流が回らず脳にも血液がいかないから、顔面蒼白、頭真っ白、になっちゃって、自分の思う通りに体が動かない。だから最終日はどれだけリラックスできるかに執着していたんです」
それが前日の記者会見での発言につながり、その後も様々な手が打たれていく。この週、横田は東京・渋谷の自宅と戸塚CCを自ら運転して往復していた。「交感神経を使わないように、運転も60キロでゆっくり走りました。自宅だったのでリラックスできたし、最終日の前夜は雨になり、気圧も低くなって、副交感神経が優位になり、よく眠れました」。
そして運命の最終日。「報道陣だけでなく、家族にも『木っ端みじんになるから、来ないでいいよ』とわざわざ言っていました」。夜来の雨に見舞われ、スタートが延びに延びて、1時間50分も遅れてしまう。「正直、中止になってくれと思っていました。シードも取れるし、3人プレーオフの方が優勝の確率は高いですから」。
だが、この後天候が回復し、最終ラウンドのスタートが決まった。リラックスを心がけていた横田だが、1番でいきなりボギー。首位の2人に1打置いていかれ、続く2番では石川がバーディを奪う。横田との差は「2」に広がった。
だが、こんな状況でもキャディの臼井泰仁さんが、癒し系キャラだったのに救われたという。「いわしとマグロみたいなもんだから」ってつぶやくと臼井さんも「あはは〜」と笑って受け流す。続く3番で、奇跡が起きる。110ヤード、52度のウエッジから放たれた第2打が、奥にバウンドしてからバックスピンでカップに消えるイーグル。これには一緒に回る石川も「バックスピンを計算してカップインさせるのは一流の証」と絶賛するほどだった。
それでも、この時も、横田は臼井キャディに「いいか、プロはアルバトロスやホールインワンをやった後はダボとかトリとか打って、大崩れするもんだ。おれもこれから始まるから」と冗談をぶつけている。これにも「ははは、そうですね〜」と受け流す臼井キャディ。横田は緊張とは無縁の精神状態でホールを消化していった。前半を「33」にまとめ12アンダーまでスコアを伸ばすと、石川との差は3、谷原との差も6まで広がる。
しかし、バックナインに入ると先行していた細川和彦と兼本貴司が、同じ組で競い合うようにバーディを重ねて差を詰めてくる。まず兼本が11、12番と連続バーディ。13番では細川がイーグル奪取。ついに横田と並んだ。
だが、横田も動じない。12番バーディの後16番で7メートル、下りのフックラインを1発で沈めている。「この時は、完全にゾーンに入っていました。ライン、強さとともに完璧でしたから」。しかし、このまますんなりとはいかないのがゴルフ。緊張の波は、横田が17番グリーンに上がった時、一気に押し寄せてきた。
グリーンサイドにある大型のリーダーボードの一番上に横田真一の名前があることは、分かっていた。その下にあった細川と兼本の数字が、ともに変わった。2人は最終18番でグリーンをオーバーし、ともにボギー。横田との差が、3打に開いた。
17番は417ヤードと長いパー4。2オンした横田だが、ファーストパットは13メートルも残っていた。そのタイミングで「え?優勝すんの?」と初めて優勝を意識した。その動揺が、ストロークに現れる。「ヘッドが下りてこなかった」パットは、なんと2.5メートルもショート。パーパットも「交感神経が上がりすぎて、呼吸ができなくて、苦しくなって…。『もういいや、えい!』と打ったら、カップの向こう側で飛び跳ねてから吸い込まれた」。
重圧に苦しみながらも、パーでしのいだ横田は、最終18番でも対策を施す。「交感神経が上がると、ダウンスイングの切り返しが絶対早くなる。ドライバーだと長くて重いし、体の開きが早くなった瞬間にドライバーはスライスとチーピンどっちも出る。その知識があったから3番ウッドをスッと持てた。で、フェアウェイに行くと大ダフリしそうだから、右ラフを狙って打って行ったんです」。
この作戦が功を奏し、8番アイアンのセカンドショットも15メートルに2オン。だが一緒に回る石川も、一時は4打差まで離されたが、あきらめない。16、17番と連続バーディで迫り、ここでも残り116ヤードの第2打を52度のAWでデッドに狙った。