国内男子ツアーで通算48勝を誇る“レジェンド”中嶋常幸が、ジュニア育成を目的に主宰しているのが『トミーアカデミー』だ。ここから多くの選手がプロの世界へと羽ばたいていった。一体、そこではどんな教えが伝授されているのか? “秘密”を探るため、1月末~2月頭に、アカデミーが本拠地とする茨城県の静ヒルズカントリークラブで行われた合宿に潜入。中嶋が未来のゴルフ界を背負う若者たちと、真正面から向き合う姿をこの目で見てきた。
■試合と同じ精神面で練習に取り組む 目安は“心拍数”
今回の合宿に参加したのは、アカデミー6期生たち。生徒といってもそこには、2023年の日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)プロテストに合格した上久保実咲や、昨年の合格者で、今シーズンをルーキーとして戦う中村心、入谷響、前田羚菜(れいな)といったすでにプロの選手たちの姿もあった。
ただ、そこには“プロ”と“アマ”の違いなどない。すべての参加者が、真剣に中嶋の言葉に耳を傾ける。ここが6期生にとってはアカデミー生として最後の合宿になったのだが、ミーティング後の夕食ももちろん参加者全員で“食卓を囲む”。美味しい料理の合間には、中嶋から選手たちに質問も。とにかく和やかな雰囲気だ。
しかし、この後、選手たちにとって歯を食いしばる時間が訪れる。食事が終わるとホールへ移動。翌日からのトレーニングで行う『アニマルフロー』というエクササイズの確認が行われた。“確認”という言葉を使ったが、見るだけでも“きつい”のが分かるメニューをしっかりとこなしたため、一気に選手たちの額からは汗で吹き出しはじめた。
中嶋は一人一人の動きを確認しながら、「上久保プロ! (体が)下がっています!」など名前を呼んで動きの甘さも指摘。“リハーサル”という名の“ハードトレーニング”を終えた中村らは、「やばかったです…」と口をそろえ、クタクタになりながら顔を真っ赤に。午後6時頃に集合した初日は、時計の針が午後9時を回ったころに解散となり、アカデミー生たちは翌日からの本格始動に備えた。
この『アニマルフロー』というメニューは、動物の動きを取り入れた自重トレーニングのこと。器具などは使わずに、効率よく全身を鍛えられる。アカデミーの卒業生でもある蛭田みな美は22年から取り組み、翌年の「CAT Ladies」の優勝にもつなげた。それをトミーアカデミーでも採用し、100種類以上あるメニューのなかから、ゴルフに適した20種類を選び行われている。
もちろん体幹などを鍛えるのに効果を発揮するハードトレーニングだが、トミーアカデミーでは、“心拍数を上げるため”の準備運動としても取り入れられている。なぜ、心拍数なのか? そこには、以下のような理由がある。
例えば、緊張が高まりやすい優勝争い中のサンデーバックナインでは、選手の心拍数は「160」ほどの数値まで達するとのこと。それに体を慣れさせる意味でも、中嶋は生徒に「試合前のアップで180まで上げるように」と伝えている。そのためには正しいフォームで行うことが重要。スタート時、優勝争いなど緊張感がある状態を常につくりながら練習を行い、試合前にもそれに“体を慣らしながら”準備することが徹底される。
中村は、改めてこの合宿で「今まで(正しい動きが)全然できていなかった。これからの試合前には、ちゃんとアップになるよう心拍数を上げていこうと思いました」ということを実感。上久保は「アニマルフローは、私のなかで苦手というか、動作も難しい。だけど、これからは家でもできるようにしていきたいです」と卒業後もメニューの一環として続けていく。
■競い合いが集中力、闘争心を鍛える
2日目のスタートは早朝。選手たちは白い息を吐きながら、外に集合した。午前6時45分にまずはコース整備を行い、そのあとはアニマルフローで準備運動。それに加え、ジョギング、短い距離のダッシュで体を温めていく。とはいえ、これが終わると、芝生に横たわる生徒が見られるほど、きついものだ。
その後は、いよいよクラブを握り、パッティング、アプローチ練習へと突入。中嶋も手取り足取り、時には自らクラブを握って個別にレッスンが行われていく。ここでポイントになっているのが、ただ練習するのではなく、競い合わせて集中力や闘争心など、メンタルを鍛える環境が用意されていること。ロングパットの練習も対決方式。最終日には9ホールのペア戦も実施された。もちろん中嶋もコースに出て、アドバイスを送る。
先述したアニマルフローもそうだが、今回、合宿を見て分かったのは、すべてが緊張感のある試合中が想定されていること。その生活のなかでアカデミー生たちは、仲間同士でゴルフについて議論したり、ゴルフ以外のことで笑い合ったり、真剣に競い合ったりする。「みんなと一緒にやるから頑張れました」(前田)と、切磋琢磨を絵にかいたような環境も、選手たちの成長を促す大事な要素になっている。
山口県出身の中村は、みんなで寝食、練習をともにメリットを大きく感じた選手のひとり。「山口はジュニアがすごく少ないから一緒にラウンドや練習をする選手がなかなかいなくて、1人でやることがほとんど。だけど、(トミーアカデミーの)合宿に行ったら何十人と一緒にトレーニングなどができるから、すごく楽しかったです。頑張れました」
ゴルフは最終的には個人スポーツだ。ただ、試合にアプローチする時間は、みんなで励まし合ってもいい。それは選手全員が感じていること。このトミーアカデミーで練習をしたい理由の一つでもある。
■選手の良さを引き出す教え方
先週の国内女子ツアーの開幕戦「ダイキンオーキッドレディス」でツアーデビューを果たし、12位タイと上位フィニッシュした入谷にも話を聞いた。ここで教わったことについて、「中嶋プロはスイングをいじったりするほうではない」と前置きしたうえで、こう明かす。
「なるべく自分がやりやすいスイングのまま、少し気をつけたほうがいいポイントやイメージを持たせてくれます。あとは『この練習方法だと、こういう弾道が出やすくなる』などの練習方法を教えてもらっています」
選手が持つ個性は大事に、それを生かし“+α”を与えるのが中嶋流のようだ。スイングのカタチではなく、そこに至るまでの知識や考え方を崩すことで、選手個々の潜在能力を引き出していく。
中嶋は言う。「トミーアカデミーの生徒たちには『何でも一生懸命に行うこと』を徹底して伝えている。トレーニング、ゴルフの練習、話を聞くときは全員が真剣モードになること、そして気持ちをゆるめないこと。もちろん、楽しくゴルフをすることも大事だけど、真剣にやることが大事になってくる」。合宿を見ていると、その“哲学”がしっかりと若者たちに浸透していることにも気づいた。
ゴルフを生業にする以上、一打一打に“真剣”である必要がある。そして、コースでは日々の取り組みがそのまま結果にあらわれる。仲間たちと競い、腕を磨き合い、それぞれが憧れるゴルファー像へと向かっていく。メニューは基礎よりも応用が中心だ。しかし、プロにとって大事になる考え方の基本になるのが “トミーの教え”だと感じた。(文・高木彩音)
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トミーアカデミーは中嶋常幸と森ビル株式会社の代表取締役社長の森稔氏(故人)が2012年に設立。生徒の対象は小学校4年生~高校2年生で、2年に1度開催される入塾テストを合格した選手のみがアカデミー生となることができる。卒業生には1期生で現在米国女子ツアーで戦う畑岡奈紗、2期生には国内女子ツアー1勝の蛭田みな美らがいる。