ただ、残念なのは、選手たちがそう言った努力をして、素晴らしいプレーをしているという部分が今一つ、ファンに伝わっていないかな、ということです。試合数が少ないのでプレーを見せる機会があまりないこと。そのせいもあってメディアに取り上げられる機会が減ってしまっていること。そして、選手側も、ファンへのアピールが少なめで、淡々とゴルフをしている印象でした。
もちろん、気持ちのアップダウンが少なく、淡々とゴルフをするスタイルが悪いというのではありません。けれども、要所要所でわかりやすいアピールをすることも、プロの試合では時には必要なのではないでしょうか。今のように試合を離れてみて改めて気が付いたこともあるのですが、プロが思っている以上に、ファンはプロの細かいところを見ています。見ていてくれてありがとう、という気持ちを表に出してくれると喜んでもくれるのです。プロに親しみがわくからかもしれません。
真剣に集中してゴルフをすることと、ギャラリーへのアピールは決して相反するものではないはずです。私も現役時代はプレーに集中するあまり“怖い顔“でプレーしていると言われたこともあります。応援には感謝しつつも、アピールの仕方がわからない気持ちはよくわかります。なにもシニアツアーのように、試合中にギャラリーと話すなどということを求めているわけではありません。ただ、感謝の気持ちを表に出すことは必要なのではないでしょうか。
女子にも同じことが言えますが、コロナ禍で試合が少なくなったり、無観客が多かったりしたことで、そのことはとても感じたはずです。“戻ってきてくれた”ファンのみなさんに、自分たちのプレーをアピールする。長い目で見ると、ファンを増やすにはこれに尽きる気がします。
男子ツアー観戦は本当に楽しく、みなさんが得られるものもたくさんあります。女子ツアー同様、男子の試合も応援したい気持ちは、私の中でも強くなりました。来年は今年より観戦できる試合が増えることを祈りつつ、皆さんにもぜひ、実際にコースで試合を見ていただく機会があればいいな、と思います。どうぞよろしくお願いいたします。
原田香里(はらだ・かおり)
1966年10月27日生まれ、山口県出身。11歳からゴルフを始めると、名門・日大ゴルフ部に進み腕を磨いた。89年のプロテストに合格しプロ転向。92年の「ミズノオープンレディスゴルフトーナメント」でツアー初優勝。93年には「日本女子プロゴルフ選手権大会」、「JLPGA明治乳業カップ年度最優秀女子プロ決定戦」勝利で公式戦2冠を達成。98年には賞金ランキングでも2位に入るなど通算7勝の活躍。一線を離れてからは日本女子プロゴルフ協会の運営に尽力。今年の3月まで理事を務めていた。
もちろん、気持ちのアップダウンが少なく、淡々とゴルフをするスタイルが悪いというのではありません。けれども、要所要所でわかりやすいアピールをすることも、プロの試合では時には必要なのではないでしょうか。今のように試合を離れてみて改めて気が付いたこともあるのですが、プロが思っている以上に、ファンはプロの細かいところを見ています。見ていてくれてありがとう、という気持ちを表に出してくれると喜んでもくれるのです。プロに親しみがわくからかもしれません。
真剣に集中してゴルフをすることと、ギャラリーへのアピールは決して相反するものではないはずです。私も現役時代はプレーに集中するあまり“怖い顔“でプレーしていると言われたこともあります。応援には感謝しつつも、アピールの仕方がわからない気持ちはよくわかります。なにもシニアツアーのように、試合中にギャラリーと話すなどということを求めているわけではありません。ただ、感謝の気持ちを表に出すことは必要なのではないでしょうか。
女子にも同じことが言えますが、コロナ禍で試合が少なくなったり、無観客が多かったりしたことで、そのことはとても感じたはずです。“戻ってきてくれた”ファンのみなさんに、自分たちのプレーをアピールする。長い目で見ると、ファンを増やすにはこれに尽きる気がします。
男子ツアー観戦は本当に楽しく、みなさんが得られるものもたくさんあります。女子ツアー同様、男子の試合も応援したい気持ちは、私の中でも強くなりました。来年は今年より観戦できる試合が増えることを祈りつつ、皆さんにもぜひ、実際にコースで試合を見ていただく機会があればいいな、と思います。どうぞよろしくお願いいたします。
原田香里(はらだ・かおり)
1966年10月27日生まれ、山口県出身。11歳からゴルフを始めると、名門・日大ゴルフ部に進み腕を磨いた。89年のプロテストに合格しプロ転向。92年の「ミズノオープンレディスゴルフトーナメント」でツアー初優勝。93年には「日本女子プロゴルフ選手権大会」、「JLPGA明治乳業カップ年度最優秀女子プロ決定戦」勝利で公式戦2冠を達成。98年には賞金ランキングでも2位に入るなど通算7勝の活躍。一線を離れてからは日本女子プロゴルフ協会の運営に尽力。今年の3月まで理事を務めていた。