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    心・技・体すべてが整った無欲のアイドル “価値を知らない”強さが勝利を生んだ【名勝負ものがたり】

    歳月が流れても、語り継がれる戦いがある。役者や舞台、筋書きはもちろんのこと、芝や空の色、風の音に至るまでの鮮やかな記憶。かたずを飲んで見守る人の息づかいや、その後の喝采まで含めた名勝負の舞台裏が、関わった人の証言で、よみがえる。

    配信日時:2021年12月16日 23時00分

    • JLPGA
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    選手には時として、心・技・体の3つの波が、高いところでバチッと合う時がある。1986年、9月。26歳の生駒佳与子には、それが来ていた。プロならば、誰もが欲しい日本女子プロ実力ナンバーワンのタイトル・日本女子プロゴルフ選手権を前にしても、生駒の精神状態は穏やかだった。

    前週に行われた「キヤノンクィーンズ」でプロ2勝目を飾ったばかり。21歳の若さでシード選手として活躍しルックスの良さも相まって人気が先行。早くから優勝を望む声にさらされ、前年の「北海道女子オープン」におけるプロ初優勝後にも「早く2勝目を」という声が周囲から上がっていた。それだけに、ようやく重圧から解放されたばかりだったからだ。

    「ベテランの選手にとっては、『どうしても欲しいタイトル』ということにもなるでしょうが、私はまだ20代の半ばでしたし、前の週に勝っていたから気持ちが楽でした」。大一番に対しても特段気負いもなく、緊張感に苦しむこともなく、平常心で臨むことができていた。

    技術面でも、充実の時を迎えていた。岡本綾子の事務所「ピージープランニング」とマネジメント契約。前年の12月には渡米してトレーニングも共にしていた。国内の試合に岡本が出場する時には、練習ラウンドに同伴し「ラフからはこうやって打つんだ、とか」(生駒)、その技術を間近に見て吸収。試合をこなしながらト阿玉らトッププロたちの中でもまれ、着実に成長していた頃だった。「トさんとか、大迫さんとか、うまい人たちと回ることができたことで、集中していいものをもらえた」。

    前週優勝の疲れもなく、体調十分で初日からショットの切れ味が冴えまくる。「パッティングは良くないんですが、ショットが良くてバーディは短いパットばかり」で初日は3アンダーの69。5アンダーで首位に並んだ樋口久子、中島恵利華(現在の登録名はエリカ)に2打差の3位発進。2日目も69をマークして、トータル6アンダーにスコアを伸ばし、樋口に1打差の2位につけた。

    3日目、生駒は「72」とスコアを伸ばせず、2打差の3位に後退。トータル8アンダーにスコアを伸ばした40歳の樋口が大会10勝目に王手。2位にはデビュー僅か5か月の21歳、中島がつけたとあって、周囲は新旧対決の構図で勝負をあおった。

    元祖アイドルドルゴルファーとしてトーナメント会場に初めて追っかけが出現するほど人気のあった生駒も、最終組の1組前でラウンド。最終日は1万人を超えるギャラリーがコースを埋め尽くすこととなった。

    そんな中、樋口が1番でいきなりボギーを叩く。中島は2番と5番でバーディを奪い逆転。9アンダーで首位を行く中島を、樋口が2打差で追い最後のサンデーバックナインに突入する。

    生駒は樋口同様1番でボギーを叩いたが、8、9、10番と3連続バーディで8アンダーまで再浮上。その頃20位にいた浜田光子もトップグループを猛追。生駒と同じく3位スタートの高村博美もトップグループで踏ん張る。

    首位にいた中島も11番でボギーを叩き8アンダーに後退し、優勝の行方は混とんとしてきた。まず浜田がツアータイ記録となる「64」の猛チャージに成功し、トータル8アンダーでホールアウトした。

    大会V10を視界にとらえていた樋口が失速したのは15番のパー5。4番ウッドの第2打が、左のOBゾーンに消える。痛恨のダブルボギーを叩いたのに続き、17番ではボギー。18番ではアプローチを2度ミスするという、樋口らしからぬプレーでこの日2つ目のダブルボギー。8位に転落することになる。

    同じ15番で中島にもミスが出た。右のラフから第2打を同じく左にひっかけ崖下へ。OBにこそならなかったものの、4オン、2パットのボギーを叩いてしまい7アンダーに後退した。

    息詰まる優勝争いの中、生駒が踏ん張る。3連続バーディの後は手堅くスコアカード通りのパーを重ねていった。

    「16番は距離があって、4番アイアンでティショット。グリーンに乗せることを最優先に考えて、普通に乗って2パット。17番はティショットが狭く、18ホール中最も長く、難しいホール。第2打は4番ウッドでほぼ2オンし、パーで切り抜けられた」。

    トータル8アンダーで最終18番を迎えた。すでに浜田が8アンダーでクラブハウスリーダーとなっているのを知っていた生駒だが、バーディを取れば9アンダーとなるパットは惜しくも決まらずパー。浜田と並びトップタイでホールアウトした。

    中島は入れればプレーオフのパットを決められず、7アンダーでホールアウト。試合は浜田、生駒、高村が8アンダーで72ホールを終了し、勝負は3人によるサドンデスのプレーオフへともつれこんだ。

    1ホール目の18番は3人ともパー。2ホール目の16番パー3は高村、浜田とも手前2メートルにオン。ショットごとに大歓声が上がり、最後に打った生駒が左1メートルにピタリと寄せた時に、ギャラリーの興奮は頂点に達する。

    グリーンは左から右への傾斜。3人ともバーディチャンスについており「誰かが決めると思われる」状況下、いずれも手前から打った高村、浜田のパットが入らない。最後の生駒のパットはピンハイから「下りの、まっすぐ」。生駒は「外れても、次(のホール)に行ける」と気持ちに余裕があったという。生駒はこのウィニングパットをしっかり決めて、2週連続Vと公式戦初VのW快挙を達成した。

    「あの頃は、この優勝の価値が気づいていなかった(笑)。同じく4日間のコニカカップワールドレディスにも勝てたのは、やっぱり、若くて体力もあったんだと思います」と生駒は懐かしそうに当時の優勝を振り返った。

    若くその価値にすら気づかないままに、勝ち取ったビッグタイトル。これこそ俗に良く言われる「無欲の勝利」。心・技・体すべてが整って、生駒は大きな仕事を平常心のままやってのけたわけだ。

    その価値を、生駒は時の移ろいとともに感じるようになった。「2週連続と言っても、1週目のキャノンはもう、ありませんしね。今に至っても、この(公式戦)優勝(の価値)は大きいな、と思いますね」。(日本ゴルフジャーナリスト協会会長・小川朗)
    選手には時として、心・技・体の3つの波が、高いところでバチッと合う時がある。1986年、9月。26歳の生駒佳与子には、それが来ていた。プロならば、誰もが欲しい日本女子プロ実力ナンバーワンのタイトル・日本女子プロゴルフ選手権を前にしても、生駒の精神状態は穏やかだった。

    前週に行われた「キヤノンクィーンズ」でプロ2勝目を飾ったばかり。21歳の若さでシード選手として活躍しルックスの良さも相まって人気が先行。早くから優勝を望む声にさらされ、前年の「北海道女子オープン」におけるプロ初優勝後にも「早く2勝目を」という声が周囲から上がっていた。それだけに、ようやく重圧から解放されたばかりだったからだ。

    「ベテランの選手にとっては、『どうしても欲しいタイトル』ということにもなるでしょうが、私はまだ20代の半ばでしたし、前の週に勝っていたから気持ちが楽でした」。大一番に対しても特段気負いもなく、緊張感に苦しむこともなく、平常心で臨むことができていた。

    技術面でも、充実の時を迎えていた。岡本綾子の事務所「ピージープランニング」とマネジメント契約。前年の12月には渡米してトレーニングも共にしていた。国内の試合に岡本が出場する時には、練習ラウンドに同伴し「ラフからはこうやって打つんだ、とか」(生駒)、その技術を間近に見て吸収。試合をこなしながらト阿玉らトッププロたちの中でもまれ、着実に成長していた頃だった。「トさんとか、大迫さんとか、うまい人たちと回ることができたことで、集中していいものをもらえた」。

    前週優勝の疲れもなく、体調十分で初日からショットの切れ味が冴えまくる。「パッティングは良くないんですが、ショットが良くてバーディは短いパットばかり」で初日は3アンダーの69。5アンダーで首位に並んだ樋口久子、中島恵利華(現在の登録名はエリカ)に2打差の3位発進。2日目も69をマークして、トータル6アンダーにスコアを伸ばし、樋口に1打差の2位につけた。

    3日目、生駒は「72」とスコアを伸ばせず、2打差の3位に後退。トータル8アンダーにスコアを伸ばした40歳の樋口が大会10勝目に王手。2位にはデビュー僅か5か月の21歳、中島がつけたとあって、周囲は新旧対決の構図で勝負をあおった。

    元祖アイドルドルゴルファーとしてトーナメント会場に初めて追っかけが出現するほど人気のあった生駒も、最終組の1組前でラウンド。最終日は1万人を超えるギャラリーがコースを埋め尽くすこととなった。

    そんな中、樋口が1番でいきなりボギーを叩く。中島は2番と5番でバーディを奪い逆転。9アンダーで首位を行く中島を、樋口が2打差で追い最後のサンデーバックナインに突入する。

    生駒は樋口同様1番でボギーを叩いたが、8、9、10番と3連続バーディで8アンダーまで再浮上。その頃20位にいた浜田光子もトップグループを猛追。生駒と同じく3位スタートの高村博美もトップグループで踏ん張る。

    首位にいた中島も11番でボギーを叩き8アンダーに後退し、優勝の行方は混とんとしてきた。まず浜田がツアータイ記録となる「64」の猛チャージに成功し、トータル8アンダーでホールアウトした。

    大会V10を視界にとらえていた樋口が失速したのは15番のパー5。4番ウッドの第2打が、左のOBゾーンに消える。痛恨のダブルボギーを叩いたのに続き、17番ではボギー。18番ではアプローチを2度ミスするという、樋口らしからぬプレーでこの日2つ目のダブルボギー。8位に転落することになる。

    同じ15番で中島にもミスが出た。右のラフから第2打を同じく左にひっかけ崖下へ。OBにこそならなかったものの、4オン、2パットのボギーを叩いてしまい7アンダーに後退した。

    息詰まる優勝争いの中、生駒が踏ん張る。3連続バーディの後は手堅くスコアカード通りのパーを重ねていった。

    「16番は距離があって、4番アイアンでティショット。グリーンに乗せることを最優先に考えて、普通に乗って2パット。17番はティショットが狭く、18ホール中最も長く、難しいホール。第2打は4番ウッドでほぼ2オンし、パーで切り抜けられた」。

    トータル8アンダーで最終18番を迎えた。すでに浜田が8アンダーでクラブハウスリーダーとなっているのを知っていた生駒だが、バーディを取れば9アンダーとなるパットは惜しくも決まらずパー。浜田と並びトップタイでホールアウトした。

    中島は入れればプレーオフのパットを決められず、7アンダーでホールアウト。試合は浜田、生駒、高村が8アンダーで72ホールを終了し、勝負は3人によるサドンデスのプレーオフへともつれこんだ。

    1ホール目の18番は3人ともパー。2ホール目の16番パー3は高村、浜田とも手前2メートルにオン。ショットごとに大歓声が上がり、最後に打った生駒が左1メートルにピタリと寄せた時に、ギャラリーの興奮は頂点に達する。

    グリーンは左から右への傾斜。3人ともバーディチャンスについており「誰かが決めると思われる」状況下、いずれも手前から打った高村、浜田のパットが入らない。最後の生駒のパットはピンハイから「下りの、まっすぐ」。生駒は「外れても、次(のホール)に行ける」と気持ちに余裕があったという。生駒はこのウィニングパットをしっかり決めて、2週連続Vと公式戦初VのW快挙を達成した。

    「あの頃は、この優勝の価値が気づいていなかった(笑)。同じく4日間のコニカカップワールドレディスにも勝てたのは、やっぱり、若くて体力もあったんだと思います」と生駒は懐かしそうに当時の優勝を振り返った。

    若くその価値にすら気づかないままに、勝ち取ったビッグタイトル。これこそ俗に良く言われる「無欲の勝利」。心・技・体すべてが整って、生駒は大きな仕事を平常心のままやってのけたわけだ。

    その価値を、生駒は時の移ろいとともに感じるようになった。「2週連続と言っても、1週目のキャノンはもう、ありませんしね。今に至っても、この(公式戦)優勝(の価値)は大きいな、と思いますね」。(日本ゴルフジャーナリスト協会会長・小川朗)
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