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キャディの夫と手にしたナショナルオープンの冠 野呂奈津子の1998年日本女子オープン【名勝負ものがたり】

歳月が流れても、語り継がれる戦いがある。役者や舞台、筋書きはもちろんのこと、芝や空の色、風の音に至るまで鮮やかな記憶。かたずをのんで見守る人々の息づかいや、その後の喝采まで含めた名勝負の数々の舞台裏が、関わった人の証言で、よみがえる。

配信日時:2022年12月21日 08時00分

1998年当時「日本女子オープン」で優勝した野呂奈津子
1998年当時「日本女子オープン」で優勝した野呂奈津子 (撮影:ALBA)
ウイニングパットを打つ直前までリーダーボードを見ずに戦い、ナショナルオープンを制した野呂奈津子。1998年の日本女子オープンだった。後に、アスリートとしてだけでなくひとりの女性の人生としても大切な意味を持つものとなった。

1995年ミヤギテレビ杯女子オープンで初優勝し、2勝目を欲していたのが当時の野呂だ。97年には安定した成績で賞金ランキング4位。98年は、さらに1段上に上る目標を掲げたシーズンだった。4月の健勝苑レディス道後では単独首位で最終日を迎えながら古川千尋(中嶋千尋)に逆転負けを喫した。

■地元・愛知県の三好CCで臨んだ大一番

その悔しさを糧に臨んだ6月の日本女子オープンは、地元・愛知県の三好CC西Cがその舞台。クルマで約15分の自宅通勤で、3年前に結婚した夫の織茂淳さんがバッグを担いだ。リラックスできる状況をつくり上げていた。

「地元でもあったし、日本女子オープンで勝てればいいなぁ、というくらいの気持ちでした。でもまだ1勝しかしていなかったので」という状況での大一番。ごく普通の試合のように練習ラウンドを行ったが、地元だけによく知る三好CCはやはり難易度が高いという印象だった。

初日は7バーディ・1ボギー・1ダブルボギーの4アンダー68。前週優勝の黄玉珍と並ぶ首位でスタートした。「ダブルボギーはあの16番ですね」と、苦笑する。男子ツアー、東海クラシックでも難ホールとして知られるパー3ホール、このときは165ヤードに設定され、右にバンカー、左は崖の砲台グリーンで、距離感を合わせるのが難しい。

「(崖)下に落としてダボでした」と、いう以外はまずまずのプレーを見せた。2日目は2バーディ・5ボギーとスコアを落とし、通算1アンダーで3位タイに後退した。首位の黄、シン・ソーラには1打のビハインドだった。

5バーディ・4ボギーでプレーした3日目に通算2アンダーとして、伸び悩む周囲から抜け出して単独首位に立った。1打差で黄、マーニー・マグアイヤ、2打差で福嶋晃子と力のある面々が迫ってくる展開だ。

「3日目の夜から緊張し始めました。あんまり寝れなかったんじゃないかな。最終日は朝からカチコチ。顔がこわばっていたと思います。リーダーボードを見られなかった、いや、見る勇気がなかった。見ないで自分のプレーに集中しようと思っていました」

この作戦を最後の最後まで貫いた。2サムのパートナーはマグアイヤ。フロントナインを2バーディ・3ボギーでプレーした野呂に対し、マグアイヤは1バーディ・4ボギー。この時点で3打の差が開いていた。同じ組のマグアイヤの動きはわかるが、何しろボードを見ていないから前の組については皆目わからない。「主人は見てたと思いますけど、私のことを考えて何も言わなかった」という状況下でプレーが進んでいった。

■鬼門・16番パー3に落とし穴が待っていた

前半、2ボギーだった黄が、10番、12番とバーディを重ねた時点で通算1アンダー。首位で並んだのだが、もちろんこれも野呂はわかっていなかった。14番、15番の勝負どころで連続バーディを奪い、一時は黄に2打差をつけた。だが、初日ダブルボギーの後、1度もパーセーブできていない鬼門の16番にやはり落とし穴が待っていた。

1メートル強のパーパットが決められず、ボギーを叩いてしまった。「夫はまっすぐだと読んだんですけど、私は少しフックすると思った」。結局、フックだと思って打ったパットは外れ「オレのいうことを信用しんで!」と、淳さんに怒られ、ケンカになりかけてしまったという。一方で、ボギーを打ったことで開き直る気持ちもあった。

1組前でプレーする黄が17番をバーディとして通算2アンダー。再び首位に並んだが、それを知っているのはキャディをしている淳さんばかり。野呂はボードを見ないまま、最終18番のティーイングエリアに立った。

ティーショットは「落ち着いていたけど力が入ったんでしょうね、ちょっと左に行って跳ね返ってフェアウェイの見えるところに出てきました」という1打。このときは知る由もないが、後でビデオ映像を見ると、1組前の黄のティーショットも似たような場所に飛んでいることがわかった。だが、ここで明暗が分かれたのも勝負の綾だろう。黄はラフにつかまり、そこからダブルボギーになってしまったが、野呂のそれはフェアウェイに戻ってきた。ツキも味方した。

第2打をグリーンに乗せてギャラリーの喝采を受けても「18番に行けばいつもみんな拍手してくれるので」と順位はわからないまま。

「5メートルよりは長かった気がします。そこでボードを見ちゃうと3パットしちゃうといけないので」と、カップに寄せた。ここで初めて、野呂はボードを見た。「(パットの後で)リアクションをしなくちゃいけないですから。あ。首位だ!と思って打ちました。緊張はしたけどそこそこOKに寄っていたので」としっかり決めてパー。通算2アンダーで黄に2打差の優勝が決まった。

■ナショナルオープン制覇は人生の大切な節目につながっていた

勝利の瞬間はキャディをしてくれた夫と抱き合って喜ぶことを思い描いたが、横を見るとすでに夫の姿はなかった。「そそくさとグリーンの外に出てました。私がアテストした後もバッグを持ってハウスに行っちゃってたみたいで」と苦笑する。淳さんが照れくさがりだったのかと尋ねると「そういうところがありますね」と野呂は笑った。夫婦が喜びを分かち合うのは、表彰式での撮影まで待たなくてはならなかった。

ナショナルオープンタイトルいう名誉の他に、この勝利は違う意味で人生の大切な節目につながっていた。当時の規定では公式戦に優勝すると5年の長期シードがもらえたため「勝ったら子供が欲しいと思っていたんです」というひそかな計画も秘めていたからだ。

当時32歳。長くツアーを離れることになる妊娠、出産のタイミングは、女子プロにとって極めて難しい。だが、長期シードがあれば少し余裕ができる。

計画どおり、翌年に野呂は妊娠。99年8月のヨネックスレディスでは、妊娠6カ月でツアー3勝目を挙げた。妊娠中の優勝はツアー史上初めてのことだった。

ベテランもまだまだ健在、若手ものし上がってくる中でのナショナルオープン制覇は、さまざまな意味で、野呂奈津子には思い出深い勝負となった。(取材・文/清流舎 小川淳子)
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