2024年もギャラリーを魅了する熱戦の数々が繰り広げられたゴルフ界。そのなかで記者が現地で心を揺さぶられた一戦を「ベストバウト」として紹介する。今回は10月の国内女子ツアー「スタンレーレディスホンダ」。
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2打リードで迎えた最終ホール。残り65ヤードからの3打目は、バックスピンをかけて右3メートルにつけた。2パットで沈めてパー。佐藤心結選手は空を見上げ、両手でガッツポーズをすると、初優勝のうれし涙を流した。
一躍脚光を浴びたのは、2021年大会。茨城県の明秀学園日立高3年だったアマチュアの佐藤選手は、渋野日向子選手、木村彩子選手、ぺ・ソンウ選手(韓国)とのプレーオフに加わった。
18番の繰り返しで行われた延長戦2ホール目。90ヤードから50度ウェッジで放った佐藤選手のショットは「完璧」だったが、不運にもピンに当たり、強くグリーンに落ちたボールは、コロコロとカップから離れていった。結果、チャンスにつけた渋野選手に軍配が上がった。アマチュア優勝を逃したものの、ファンへ鮮烈な印象を残した。
それでも同年11月に行われたプロテストで一発合格。2003年度生まれの“ダイヤモンド世代”を引っ張る存在として、プロ生活をスタートさせた。プロ初戦の「ダイキンオーキッドレディス」では優勝争いの末13位に終わった。悔し涙を見せながらも「上出来だとは思う。あまりいい終わり方ではなかったですけど、デビュー戦にしてはそこまで悪くなかった」と大器の片りんものぞかせた。
川崎春花選手、尾関彩美悠選手が達成したルーキー優勝に続くことはできなかったが、メルセデス・ランキング(MR)29位で初シード権を獲得。上位者のみが出場できる最終戦「JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ」の出場資格も得るなど、実力を発揮した1年目だった(体調不良で同大会は欠場)。
2年目は上位進出の機会こそ増えたものの、勝利にはあと一歩届かず。2023年は神谷そらと櫻井心那選手が初優勝を含む複数回優勝を飾り、今季は竹田麗央選手がメジャー2勝を含む8勝を挙げるなど、ダイヤモンド世代はツアーの一大勢力に成長した。
そんな中、佐藤選手は不振に陥っていた。今季のスタンレーレディス開幕前時点で、シード圏外のMR84。まさに崖っぷちだった。
「自分の代は強い。良きライバルでもあるし、刺激になる存在。今年は特に置いていかれていた。どうしたら優勝できるのか、自分のゴルフを見つめ直す時間が多かった。全部ネガティブで自信がなかった。自分がすごく下手に感じてしまう。ポジティブな考えが全く出てこなくて、なんでこうなっちゃうんだろうとか、クエスチョンマークだらけ。自問自答しても何の解決にもならなくて、自分から悪くなっていくような感じだった」
そんな佐藤選手が、プロへの憧れを抱いた地で念願の初優勝を挙げた。同級生の竹田、川崎らがグリーン脇で見守り、ハグで祝福。「春花は『心結が初優勝するときは絶対に待ってる』とずーっと前から言ってくれていた。麗央も待ってくれていて、ふたりの姿を見るだけで涙が出るくらいでした。宝物です」。焦りや不安から抜けだし、仲間入りを果たした瞬間だった。
2日目に首位に立ち、最終日最終組で回るというのは3年前と同じシチュエーション。『忘れ物を取りに…』と言わんばかりの状況でも、いたって冷静にプレーしているように見えた。「リベンジしたいという気持ちではありませんでしたが、15番ホールから21年の記憶が強くよみがえってきて…。でも、最終組の3人で並んでいると楽しくなってきた。ワクワクしてくる感覚がありました」。こう振り返る姿からも、プロとしての確かな成長がうかがえた。
悔し涙を流した舞台で歓喜の涙を流す――シンデレラストーリーのような初優勝。ただ、それだけではない。これまでの輝かしい成績、同級生の勝利を見届ける心境、今季夏場までの成績不振…とプロゴルファー人生の浮き沈みも赤裸々に語られた。
渋野選手は3年前、佐藤選手のことを「メンタルがすごく強い。肝が据わっている」とそのポテンシャルを高く評価した。「やっと1勝できた。これがスタートライン」。殻を破り肝を据えた佐藤選手が、来年のダイヤモンド世代、そしてツアーを引っ張る存在になるだろう。(文・笠井あかり)