「ファーマーズ・インシュランス・オープン」の最終日は、まるでムービングデーのように選手たちのスコアや順位が大きく動いた。
優勝争いは単独首位で最終日を迎えたサム・ライダー(米国)と2打差の2位だったジョン・ラーム(スペイン)の競り合いになるかと思われていた。
この大会の舞台、カリフォルニア州サンディエゴ郊外のトリー・パインズには、ラームにもライダーにも特別な思い入れがある。
ラームはこの地で2017年に劇的な初優勝を遂げ、2021年には「全米オープン」を制覇してメジャー初優勝を飾った。世界ランキング1位に初めて輝いたのも、大学時代からの恋人ケリーにプロポーズしたのも、この場所だった。
一方のライダーは、下部ツアーを転戦していた時代の2016年に、結婚式を翌日に控えた親友が「独身最後の記念にトリー・パインズを回りたい」と言い出し、一緒にラウンドした際、ライダーの方が「トリー・パインズに恋した」。以来、この地は彼にとって特別な場所になった。
そんな2人の胸の中には特別な場所で「勝ちたい」という想いが溢れていたのだろう。最終日は力が入り過ぎてしまった感がある。他選手たちが軒並みスコアを伸ばした中で、ラームは2オーバー、ライダーは3オーバー。上位陣の中では最終組の2人だけがオーバーパーを喫し、優勝争いから脱落したことは、ゴルフがいかにメンタルなゲームであるかを如実に物語っていた。
そうやって2人が崩れていった傍らで、ベテラン選手たちは間隙を縫うようにリーダーボードを駆け上った。キーガン・ブラッドリーやコリン・モリカワ(ともに米国)のチャージは、さすがメジャー・チャンピオンのゴルフだった。
「マスターズ」覇者の松山英樹も前半に6つスコアを伸ばす見事な猛追を披露。しかし、後半は3ボギーで失速。米CBSの解説者は「前半ノーボギーでも後半ノーバーディーでは(勝てない)ね」と残念そうにささやいた。
その通り、バーディ合戦の試合展開の中では、スコアを伸ばすことは大前提であり、最終的にはスコアを落とさないことが優勝争いを勝ち抜くカギになる。
そういうゴルフを最も見事に遂行し、勝利を収めたのが、33歳の米国人マックス・ホーマだった。7つのバーディでスコアを大きく伸ばし、1ボギーに抑えたホーマは、2位に2打差のトータル13アンダーで通算6勝目を挙げた。
ホーマは2013年にプロ転向し、2014年からPGAツアー参戦を開始、2019年「ウェルズ・ファーゴ選手権」で初優勝を飾り、2021年「ジェネシス招待」で2勝目を挙げた際には表彰式でタイガー・ウッズ(米国)の横に立ち、笑顔を輝かせていた。昨季さらに2勝を挙げ、今季開幕戦の「フォーティネット選手権」で5勝目を飾ったばかりだ。
2023年初戦の「セントリー・トーナメント・オブ・チャンピオンズ」でも3位タイに食い込み、その好調ぶりは今週も維持されていた。ショットもパットも冴え渡っていたホーマだが、さらなる力になったのは、彼自身が「逆転できる」と信じていたことだ。
これまで挙げた5勝のうちの4勝が逆転による勝利だった。だからこそ、この日、5打差から出たホーマは「僕には忍耐も自信もある。だから逆転できる」と信じて戦うことができた。
前日の第3ラウンドでは、ホーマはパー5の13番でCBS局のマイクを付けてプレーする役割を快く引き受け、攻めや守りに対する考え方、そのためのショットの打ち方といった選手としての“シークレット”を視聴者に惜しげもなく披露した。
「僕らはアスリートであると同時にエンタテイナーだ。ファンを楽しませ、喜ばせることが僕らの仕事だ」
トリー・パインズに詰め寄せた大勢のカリフォルニアンは、ホーマにとって地元のファンでもある。「ホーマ! ホーマ!」というホーマ・コールの中、堂々生涯5度目の逆転優勝と今季2勝目、通算6勝目を飾ったホーマは「泣かないよ」と言いながら目を真っ赤に染めていた。
「僕の人生は、いい人たちに支えられている。妻のレイシー、キャディのジョー、チームのみんな、応援してくれた大勢のファン。本当にありがとう」
涙をこらえ、謙虚に語ったホーマの次なる目標はメジャー初制覇。その日は確実に近づいている。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)