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    打打打坐 第80回【もっと××を…… 願いは永久に】

    打打打坐(ちょうちょうだざ)とは、打ちまくって瞑想の境地に入るという造語。コースで打たなければわからないと試打ラウンドだけで年間50ラウンド以上しているロマン派ゴルフ作家が、瞑想、妄想、迷走…… 徒然なるままにゴルフを想い、語るというお話。

    配信日時:2021年10月29日 06時00分

    • ゴルフライフ
    目次 / index
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    ゲーテを思い浮かべて願う

    そのホールに来るたびに、僕はゲーテを思い浮かべます。
    「もっと光を……」

    ドイツを代表する文豪で、科学者で、政治家でもあったヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの小説“若きウェルテルの悩み”を読んだのは中学生の時でした。ほんのりとした絶望は、青春の入り口にいた僕を少しだけ大人にしたような気分にさせました。

    もっと光を、というゲーテの最期の言葉は、主治医が聞いたとされています。未完の小説を完成させたい、という願望の言葉という解釈から、単純に暗いから窓を開けて欲しかっただけという解釈もあれば、年老いても恋多き男だったゲーテのベッドを女性が囲んでいたのを嫌ったという解釈まで、真相はわかっていません。

    そのホールは左にドックレックしていて、ドライバーで250ヤード以上のキャリーがないと、2打目でグリーンを狙うときに林が邪魔になるのです。僕の飛距離は220ヤード程度ですので、ほぼ毎回、林の向こう側にあるグリーンを木々の間から確認して
    「もっと飛距離を……」
    と呟くというわけです。

    ドライバーだけで良いのです。キャリー250ヤードは無理だとしても、転がりも入れて240ヤードあれば、このホールの2打目は、全く別のホールかというくらい楽になります。

    そのホール以外では、飛ばないより飛ぶほうが良い、という程度の“飛距離欲”しか持っていないはずなのですが、このホールに来るたびに飛距離への欲望が、達観しているという仮面を剥がそうとするのです。

    とはいえ、ゴルフをする人にとって、もっと飛距離を、という願望は、モチベーションになったりもして、ゴルファーを育てる大切な栄養分でもあることも、間違いようがない事実です。

    もっと光を、と、もっと飛距離を、は、音としてはとても似ていますので、駄洒落として自分を茶化しながらも、ドライバーの試打をする際に、微かな希望を捨てきれずに夢を見るのです。

    FAR & SURE は夢幻

    1860年10月27日。世界最初のトーナメントが開催されました。第1回の全英オープンです。現在、全英オープンチャンピオンが手にするクラレット・ジャグというトロフィーは有名ですが、使用され始めたのは1873年からです。それまで、チャンピオンに渡されるものは、チャレンジ・ベルトでした。ボクシングのチャンピオン・ベルトのようなものです。

    このベルトは、持ち回りというルールでしたが、三連勝した場合は、そのチャンピオンのものになる、と決まっていました。猛者が集まる大会での三連勝などあり得ないと考えたからです。

    想定よりもだいぶ早く、1870年に、ヤング・トム・モリスが三連覇を達成して、ベルトを得ました。結果として、その後、2年間、全英オープンは開催されませんでした。クラレット・ジャグの登場待ちだったのです。

    現在、ヤング・トム・モリスのチャレンジ・ベルトは、セントアンドリュースに展示されています。金属製の飾りの1つに刻印されてる文字が『FAR AND SURE』です。

    『FAR AND SURE』は、ゴルフ黎明期からゴルファーの悲願だったのです。『遠く、正確に』です。

    ゴルフ談義として有名なのは、飛距離と精度は、どちらが優先されるべきか? という議論です。

    飛距離は半分になっても、どうにかゴルフになりますが、精度は半分になったら、たぶん、ホールアウトできません。どちらかだけではダメですが、高いレベルを保つ上で大事なのは精度である、というのが、科学的にも優勢のようです。

    更に確実に目に見える証明もあります。飛距離アップの練習を繰り返しても、スコアアップに直結しませんが、精度を上げる練習はスコアアップに直結することです。

    ドライバーばかりを練習するゴルファーが多いことは周知の事実で、警鐘を鳴らされても、その傾向は変わりません。しかし、上級者になると、自然に、ドライバーの練習量は減っていきます。

    この『FAR AND SURE』をベースに考えて、ゴルフでは、二兎を追う者が全てを得る、と洒落たりもします。

    ゴルフの楽しみ方は、自由ですから、善悪としての正解はありません。ゴルファーごとに、そして、時間の経過などでも、正解は変わっていくのです。

    もっと××を

    「ゴルフは開眼するたびに下手になる」と嘆く人がいますが、開眼なきゴルフなんて、アメがないムチばかりの修行みたいで面白くありません。閃いたことを実行して、自分がレベルアップしたと思う瞬間は至福の時間です。

    閃きが消えてしまって、元に戻ってしまうのは、トッププロでも同じです。彼らに言わせれば、それを繰り返していく内に、戻る場所のレベルが上がっていくのがゴルファーの王道なのだそうです。

    どん底の暗闇で、這うように彷徨うゴルファーにとって、開眼は一筋の光です。まさに、それは『もっと光を』なのです。

    ゴルフの神様が目の前に現れて、
    「汝の願いの『もっと××を』を一つだけ叶えてやる!」
    というシーンは、ゴルフを始めた頃から想像しています。

    10代の時は『もっとゴルフを』でしたし、20代の時は『もっと試合を』でした。30代のある時期では『もっとゴルフを』に、戻ったりもしました。40代は、不思議なことに『もっと精度を』になって…… 50代の今現在は『もっと光を』が近いかもしれません。

    閃いて、それを試したり、最新の情報を入手して試したりするのが、楽しいからです。おじさんになっても、新しい自分になれるかもしれないというワクワクを得られるのは、ゴルフの醍醐味です。

    おとぎ話だと馬鹿にせずに、『もっと××を』の願いを真剣に考えることもゴルフの内です。

    僕らはゴルフを続ける限り、何らかの願いを抱き続けています。願うことがないゴルフなんて、炭酸が抜けたビールのようなものです。願うことすら虚しい世知辛い世の中で生きているからこそ、ゴルフはサンクチュアリとして光り輝いているのです。

    【著者紹介】篠原嗣典

    ロマン派ゴルフ作家・ゴルフギアライター。ゴルフショップのバイヤー、広告代理店を経て、現在はゴルフエッセイストとして活躍中。
    連載

    ロマン派ゴルフ作家篠原の “今日も打打打坐”

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