米ツアー1勝という金字塔は一生消えることはない。米ツアーの日本勢を引っ張ってきた一人でもある宮里美香が、来季は日本ツアーへの参戦を目指す。宮里にとってプロ生活を始めたのは米国。これは復帰ではなく、新たな挑戦だ。
【写真】日本女子オープン練習日とプロアマから写真を配信
2004年の「日本女子アマチュア選手権」では、14歳で勝利。大会の最年少記録を打ち立てた。高校を卒業した08年には、日本のプロテストを受験していたが、途中で受験者のリストから名前が消えた。お世話になっていた日本ゴルフ協会(JGA)とプロテストを途中で断念した日本女子プロゴルフ協会(LPGA)に挨拶をし、「アメリカに行きます」と宣言。同年の米ツアー予選会をアマチュアとして通過。米国でプロ転向した。
09年から米ツアー選手として活躍をした。10年には「日本女子オープン」に出場し、日本ツアー初優勝。ところが、会員になる道を選択せずに主戦場の米ツアー専念を選択。12年には目標の一つだった米ツアー優勝も果たした。翌年の日本女子オープンでは大会2勝目を飾ったが、ここでも日本ツアー参戦の道は選択肢になかった。
海外女子メジャーでもトップ10に入る回数が増え始めたころ、新たに芽生えた目標が16年の「リオ五輪」出場。ところがこれを逃した宮里は、失意の中でゴルフの調子を落としていく。昨年は2カ月間、ツアーを離れて充電期間にあてたが、賞金ランキング157位に低迷。シード獲得はならず、予選会も失敗し今季は出場試合がほとんどない状態だった。
そんな宮里が日本ツアーへの参戦を表明した。LPGAの特別承認によって、予選会の2次、セカンドQTからの出場が認められたと発表。10月末から出場権獲得の道に進むが、今週は過去2勝を挙げている日本女子オープンに出場する。ここで優勝となれば、QT受験を回避することができるが…。
【写真】日本女子オープン練習日とプロアマから写真を配信
2004年の「日本女子アマチュア選手権」では、14歳で勝利。大会の最年少記録を打ち立てた。高校を卒業した08年には、日本のプロテストを受験していたが、途中で受験者のリストから名前が消えた。お世話になっていた日本ゴルフ協会(JGA)とプロテストを途中で断念した日本女子プロゴルフ協会(LPGA)に挨拶をし、「アメリカに行きます」と宣言。同年の米ツアー予選会をアマチュアとして通過。米国でプロ転向した。
09年から米ツアー選手として活躍をした。10年には「日本女子オープン」に出場し、日本ツアー初優勝。ところが、会員になる道を選択せずに主戦場の米ツアー専念を選択。12年には目標の一つだった米ツアー優勝も果たした。翌年の日本女子オープンでは大会2勝目を飾ったが、ここでも日本ツアー参戦の道は選択肢になかった。
海外女子メジャーでもトップ10に入る回数が増え始めたころ、新たに芽生えた目標が16年の「リオ五輪」出場。ところがこれを逃した宮里は、失意の中でゴルフの調子を落としていく。昨年は2カ月間、ツアーを離れて充電期間にあてたが、賞金ランキング157位に低迷。シード獲得はならず、予選会も失敗し今季は出場試合がほとんどない状態だった。
そんな宮里が日本ツアーへの参戦を表明した。LPGAの特別承認によって、予選会の2次、セカンドQTからの出場が認められたと発表。10月末から出場権獲得の道に進むが、今週は過去2勝を挙げている日本女子オープンに出場する。ここで優勝となれば、QT受験を回避することができるが…。