新型コロナウイルスの影響で2020、21年が統合された国内男女ツアーは、1年半にも及ぶシーズンを終えた。そして今季も“初優勝”“復活”など印象的な場面がファンの心をつかんだ。そんなシーンをさらに彩ったのが、選手たちが流した涙。ただ、そこに至るまでの理由は人それぞれだ。そんな数々の涙にスポットライトをあて、長かったシーズンを振り返る。
これが“復活”した堀琴音のドライバースイング【連続写真】
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「シードを落としてからの苦しかった思い出が全部込み上げてきて…、頭が真っ白になって泣いてしまいました」
今年7月に行われた国内女子ツアー「ニッポンハムレディス」。その優勝の行方は、トータル14アンダーで並んだ堀琴音と若林舞衣子とのプレーオフまでもつれこんだ。そして3ホール目。勝利を決める残り数センチのパーパットを沈めると、堀は両手を高くあげガッツポーズを繰り出した後、こぼれ落ちる涙をおさえ込むことはできなかった。
13年の日本ジュニア優勝や、ナショナルチームメンバーとしてアマチュア時代から活躍していた堀がプロテストに合格したのは、兵庫・滝川第二高卒業後の14年。翌年にはすぐに賞金シードを獲得し、さらに「日本女子オープン」2位などの成績を残した16年には、キャリアハイとなる7052万6006円を稼ぎだした。この時には、『初優勝は時間の問題』と誰もが思っていた。しかし18年に極度の不振に陥りシードを喪失。19年の獲得賞金もわずか426万円で、20年シーズンを迎える時の主戦場は下部のステップ・アップ・ツアーだった。
これが“復活”した堀琴音のドライバースイング【連続写真】
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「シードを落としてからの苦しかった思い出が全部込み上げてきて…、頭が真っ白になって泣いてしまいました」
今年7月に行われた国内女子ツアー「ニッポンハムレディス」。その優勝の行方は、トータル14アンダーで並んだ堀琴音と若林舞衣子とのプレーオフまでもつれこんだ。そして3ホール目。勝利を決める残り数センチのパーパットを沈めると、堀は両手を高くあげガッツポーズを繰り出した後、こぼれ落ちる涙をおさえ込むことはできなかった。
13年の日本ジュニア優勝や、ナショナルチームメンバーとしてアマチュア時代から活躍していた堀がプロテストに合格したのは、兵庫・滝川第二高卒業後の14年。翌年にはすぐに賞金シードを獲得し、さらに「日本女子オープン」2位などの成績を残した16年には、キャリアハイとなる7052万6006円を稼ぎだした。この時には、『初優勝は時間の問題』と誰もが思っていた。しかし18年に極度の不振に陥りシードを喪失。19年の獲得賞金もわずか426万円で、20年シーズンを迎える時の主戦場は下部のステップ・アップ・ツアーだった。