「高校2年で初めて地元のKKT杯バンテリンレディスに出させていただいたのですが、そのときにご一緒させていただいて、『あと3秒速くプレーしようか』と言われたんです。わたし遅いんだなと思ったのと同時に、あまり考えすぎないでプレーしたほうがいいのだなと感じることができました」
1カ月後、マンデートーナメントに出場した「中京テレビ・ブリヂストンオープン」の会場で鬼澤を見つけ、小走りに近づき挨拶をすると、「どう?3秒速くなった?」と聞かれたという。「覚えていてくださったんですね。うれしかったです」。そんな関係から、大里にとって尊敬できる先輩となった鬼澤はのちに、プロテスト受験に必要な2人の推薦人のうちの1人となる。
高校を卒業して初めてのプロテストとなった2017年。同級生には前述の勝、新垣比菜、小祝さくらといった、今では黄金世代と呼ばれるスター候補生がズラリ。ここで大里はわずか1打足りずに最終で不合格。「合格した子たちの記事を見て悔しかった。でも気合しかないと思って、QTに気持ちを切り替えました」。ここでも鬼澤から「大丈夫だよ」と励ましの言葉をもらったのを覚えている。
悔しさを励みに、直後のファーストQTから文字通り気合を込めた戦いを続け、ファイナルまで進出。「その時点で、18年はステップなどの試合には出られる権利があったので、そこまでプレッシャーを感じずにできました」と、こちらは16位で通過し、今季前半戦の出場権をもぎ取った。
臨んだ初めてのレギュラーツアーは「最初は1週間が長かったし、きつかった。予選落ちが続いたときは、『私の実力はこんなものなのだな』と思って、すごくつらかったです」。5月までの13試合で6連続を含む8度の予選落ちを経験した。
予選落ちが続くなかで、またしても鬼澤からの言葉が、大里の気持ちを変えた。「シードを獲れば正会員になれるので、それを狙っていましたが、サロンパスカップの会場で鬼澤さんから『この成績なんだから、プロテストを受けなくてどうするの!』といわれたんです。私もこのままではまずいと思っていたので、それで今年も受けることを決めました」。エントリー期限間近で、再挑戦を決めた。
1カ月後、マンデートーナメントに出場した「中京テレビ・ブリヂストンオープン」の会場で鬼澤を見つけ、小走りに近づき挨拶をすると、「どう?3秒速くなった?」と聞かれたという。「覚えていてくださったんですね。うれしかったです」。そんな関係から、大里にとって尊敬できる先輩となった鬼澤はのちに、プロテスト受験に必要な2人の推薦人のうちの1人となる。
高校を卒業して初めてのプロテストとなった2017年。同級生には前述の勝、新垣比菜、小祝さくらといった、今では黄金世代と呼ばれるスター候補生がズラリ。ここで大里はわずか1打足りずに最終で不合格。「合格した子たちの記事を見て悔しかった。でも気合しかないと思って、QTに気持ちを切り替えました」。ここでも鬼澤から「大丈夫だよ」と励ましの言葉をもらったのを覚えている。
悔しさを励みに、直後のファーストQTから文字通り気合を込めた戦いを続け、ファイナルまで進出。「その時点で、18年はステップなどの試合には出られる権利があったので、そこまでプレッシャーを感じずにできました」と、こちらは16位で通過し、今季前半戦の出場権をもぎ取った。
臨んだ初めてのレギュラーツアーは「最初は1週間が長かったし、きつかった。予選落ちが続いたときは、『私の実力はこんなものなのだな』と思って、すごくつらかったです」。5月までの13試合で6連続を含む8度の予選落ちを経験した。
予選落ちが続くなかで、またしても鬼澤からの言葉が、大里の気持ちを変えた。「シードを獲れば正会員になれるので、それを狙っていましたが、サロンパスカップの会場で鬼澤さんから『この成績なんだから、プロテストを受けなくてどうするの!』といわれたんです。私もこのままではまずいと思っていたので、それで今年も受けることを決めました」。エントリー期限間近で、再挑戦を決めた。